第63話 距離感
柚餅子と共にいるようになってからというもの、移動速度が格段に向上したわけだが、そのお陰で普段の活動もかなり変貌している。現在の拠点が森の奥地に近づいていることも相まって、段々と活動場所が人里を離れてきているのだった。それはもちろん、
とはいえ、安全面では少し心配が残るのだが。今回は殊更自分が主だって動いているために、疲労感や緊張感の影響で何かあった時に対応できない可能性がある。そういう点で言えば、柚餅子という「足」がいることはありがたかった。何せ常日頃から走り続けていたおかげで、その速度は並大抵の魔物に負けることはない。逃げ出すだけであれば、柚餅子以上に頼れる人材はいなかった。
ただし、いくら
もう一つ言及したいのは、
停止する、と言っても
後、今回学んだんだが、研究者の前に気軽に研究対象を持って来てはならない。というより、大曾根日和という人間に何か面白そうなものを見せるべきではない。
いや、研究者として楽しそうに研究しているのを見ている分には別に良いんですけどね。楽しそうにしているねって微笑ましい感情でいられるし。ただ、駄々を捏ねるのはちょっと、ねぇ? 大の大人が駄々捏ねて愚図るのはどうなんですかと思うんですが…………。
にしても、大曾根さんは流石に性格が幼児的過ぎる気がするんですがそれは。直ぐ駄々こねるにしても、感情表現に裏が無さ過ぎることにしても。もうちょっと自制心というものを学んで欲しい。
───────
通常、一般常識と照らし合わせても、突然押しかけて来た初対面も同然の異性を快く受け入れるような人間はいないだろう。それが、研究にその生を全て捧げるような気の狂った研究者だと分かっているのならば尚更。逆に考えて、明確な目的を抱えていたとはいえ、見知らぬ男の下に身一つで飛び込んだ者も気が知れないが。
しかし残念ながら、佐藤淳介も大曾根日和も一般人ではなかった。
更に言及すべきは、淳介が如何に献身的であるかについてだろうか。
この男は、過去の言動からも明らかになっている通り、過保護で挺身的なきらいがある。一度身内として判断した際には、なんだかんだと言いつつも結局は身を惜しまずに捧げるのだった。柚餅子と名付けられた魔物についても、最初はどうにか愛着が湧かないようにと冷たい態度を心掛けていたらしいが、そうした当たりの強さはついぞ鳴りを潜めて、今では殆ど半身のような扱いをしている。
それは、何も魔物だけに限ったことではなかった。
いや、日和の日常生活が壊滅的であることを考えると、彼女は柚餅子よりも彼に寄り掛かり切って生きているだろう。柚餅子は基本的には淳介の役に立とうと動いている────ましてや、迷惑をかけることなぞ想像すらしないのだから、気を遣うという概念が完全に抜け落ちている日和よりも彼の方が淳介の世話にならないのは明白だった。
具体的に列挙してみれば、そもそもの環境からして彼女が出来ることが少ないとはいえ、起床に始まり、着替え、食事、風呂、片付け、洗濯───つまりは家事全般────に加えて、柚餅子への昇降、今後の予定の決定、買い出しのリスト作り、その殆どを日和は淳介に頼っている。これを
しかしながら、何よりも問題なのは、全て受け入れ態勢を整えている日和というよりも、何も言わずにそれをする淳介の方だろう。
父親と二人暮らしをしている時からそうであったが、やはり淳介というのは身内に対してあまりにも献身的すぎる。迷惑を掛けられれば眉を顰める程度のことはすれども、基本的には何の文句も言わずに、率先して、何かしらの仕事を熟していることが殆どだ。
目を覚ましてこない日和を起こしに行き、目を覚ます様子のない彼女の服を剥ぎ取り、新しく洗濯した物を着せ、その前か合間に朝食を作り、彼女のために食器を用意し───…………。
保護者、と淳介は柚餅子のことを呼ぶが、家へと連れて来た当日から常に面倒を見続けている頭の狂った男のことを把握していないのだろうか。
人間の苦労として認められる程度であれば、献身的で素晴らしいと称賛の対象になったのだろう。だが声を大にして言いたい。
いや流石に距離感おかしいだろお前ら。
人間として大切な部分が欠落している者同士、気の合う部分はあるのかもしれない。一つのことにしか集中できない人間と、概して外界への興味がない人間。片方が献身的で駄目人間製造機なのであれば、もう片方は何もできない者であるべきだ。
流石に、これで互いに大して何の感情も抱いていないのであれば、色々な所から文句が来るぞと大声で主張したいが。切実に。
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