第84話 旅行編 三
周囲の様子を確認し終えての帰路、やっとキャンプ地が見えて来た。と、良く見て見れば、どうやら日和さんが料理をしている様子。
今まではあまり触れてこなかったが、実は日和は料理が出来る。というのも、普段から優先順位が人とかなり異なっているだけで、一般人が出来ることは大抵彼女も出来た。特に家事一般に関しては、一人暮らしが出来る程度には体裁を整えている。
味に関しては、大抵の料理が俺よりも上手く、作る手際も良い。ただ獣肉の処理などに関してはやはり苦手な部分があるらしく、積極的に作業に参加しようとする
「おかえりー」
「ただいま。食材足りそう? 別に拠点に取りに戻ろうと思えば直ぐだから遠慮なく言ってくれて良いよ」
「んー、まぁ取り敢えずは大丈夫そう。別に私もそんな凝ったもの作る気にはなれないし。何ならキャンプご飯だと思って作ってるから、普段とはちょっと違うかな」
確かに、彼女の手元を見てみれば、普段よりもいくらか野性味のある料理が調理中だった。ローズマリーを乗せた塊の肉に、肉と野菜のポトフ、そして白米。キャンプ料理というとどうしても焼き肉を想像してしまうが、網に乗せて放置などという適当なことはしないらしく、塩コショウの振られた巨大な肉はアルミホイルの中に包まれていた。
「あなたが好きなお肉ですよ。心して食べなさい」
「旨そうな匂い」
「食べてからのお楽しみで」
と、豆腐が寄って来た。どうやら遊んで欲しい様子。
後ろから彼の両親が見守っているのを確認しながら、豆腐を連れてキャンプの隣の開けた場所に出る。既に正午は過ぎていて、明るい光が白日から降り注いでいた。
豆腐を抱えて、転がす。楽しそうに跳ね回った豆腐は、少し走り回ってから、またこちらへと戻って来た。魔物は────というよりも「動物は」と表現する方が正しいかもしれないが、それはともかく────少し危ないぐらいの方が、遊んでいて喜ぶらしい。それはこの豆腐に関しても例外ではなく、適当に何かを投げてやるよりも、放り投げたり突き飛ばしたりした方が格段に喜ぶ。…………果たして微笑ましげに見守ってる柚餅子と羊羹はそれで良いのだろうか、本当に。
ともかく、豆腐とじゃれながら時間を潰す。最近では食事の時間など信じられない程に不規則だが、今日に限っては色々と運動したために空腹だった。何かしら口慰みになるものが有れば良かったのだが、生憎のところ今は何も持っていない。
大人しく日和の料理を待ちますかね。
三十分もせずに、昼食が出来たと日和に声を掛けられた。名残惜しそうな豆腐を最後柚餅子の方に放り投げてから、日和の下へと急ぐ。
食器の準備やら諸々を手伝えば、思っていたよりもそれらしい見た目の食卓が出来上がった。色々と無駄なものまで持って来れる分、普段の食事ですら使っていないテーブルクロスまで持ってきたのが功を奏したのだろうか。勿論、日和が作ってくれた料理が豪華だということもあるのだが。
二人手を合わせて、食事を始める。
「………凄い嬉しそうじゃん」
「美味しい」
「それは何よりです」
空腹は最高のスパイスだとは良く言う話だが、普段よりも手の込んだ料理をそこに加えれば、素晴らしいこと間違いないことは誰の目にも明らかだろう。
作り立てで湯気を立てているような、コンソメが確りと効いたポトフを啜りながら、白米と共に獣肉のグリルを頬張る。肉の獣臭さは、乗せられているハーブのお陰なのか、それとも丁寧に火を通したお陰なのか、強く感じられるようなことはない。それどころか口に入れた瞬間に、胡椒の香りが広がり肉汁が染み渡る。いつも固い携行用の乾燥肉ばかりを口にしているために、こうして丁寧に調理された肉料理は信じられない程に美味しかった。少し濃い味で味付けられているお陰で、白米が凄まじく進む。
身内と共に旨い料理を食しながら、静かな森の中で昼を過ごす。これほど幸せな時間があるだろうか。
―――――――――――――――
日和は、淳介が幸せそうに自分の作った料理を頬張っているのを眺めていた。普段は感情を表にしないことが多い彼ではあるが、こうしてふとした時にはしっかりと顔に出ることを彼女は良く知っている。
それこそ、何かを
それにしても、と日和は心の中で呟く。
俗世間を捨てた僧のような暮らしをしている淳介ではあるが、その思考は案外世俗的だった。意外と言いたいわけではないが、距離が縮まれば縮まるほどに、彼の感情の豊かさが良く分かる。それも最近では、言葉に出してくれるのだから一層。
…………自分だけが知っていたはずの彼の本音が、誰にでも知られてしまうのは少し寂しいが。それでも。
スープカップを口に運ぶ。
独り暮らしをしていたときは、絶対に料理などしなかった。節約しなければならないことはあっても、その費用対効果を考えたらどこかで食事を買ってきてしまった方が速い。
計量から何から、一般的な料理に求められる工程の殆どは丁寧に熟せば上手く行くものが殆どだった。指示に従っていれば完成するもの、それが料理だった。そこに何の面白みもなかったし、自ら進んで取り組もうと思えるものではなかった。
嫌いなものは料理だと、そう思っていたほどだった。幸せそうに食べてくれる相手がいなかったのだから、それも仕方のないことだと思う。
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