第85話 努力と未来

 規模の大きい闘争の裏には、常に利益が付いて回る。それは仮令たとい魔物が相手であっても例外ではなく、迷宮ダンジョンが蔓延り経済の停滞した現在になってまで姿を残している大企業等は、早くも水面下で動き始めていた。

 それは、鈴木基次郎の勤める企業EF&Fectioに於いてもそうであった。


 元々、基次郎は企業勢の有望株として業界では知名度のある存在だった。特に一昨年にこの企業のトップ探索者シーカー達の一員として認められてからは、更にその名が広がったように思える。何せ探索者シーカーのトップ層というのは殆どが三十代ないし四十代で、二十歳に近い彼が活躍しているのは殆ど例外と言っても間違いではなかったのだ。

 どの企業も若手の育成に躍起になっているとはいえ、探索者シーカーとしての仕事、世間一般から求められている役割の比重は信じられない程に大きい。一人の熟練の探索者シーカーが持ち場を離れることでさえ眉を潜められるような現状では、まさか育成のために大規模なチームを組むなどということはできない。できて先輩の付き添いをさせ、その合間に適当な指導を入れさせる程度。まさかそれだけで若手が伸びるとは誰も思っていなかった。

 つまり、基次郎はその若手が活躍できない雰囲気を最初に打ち破った人間であったということ。そのために、彼自身の実力以上にその名は広まっていて、それ故に今回のリゲイナーズの応募にも大手を振って参加した。


 そんな基次郎であるからこそ、EF&Fectioの中でも認められた存在であり、会社の中でも営業の主軸として捉えられてしまっている節がある。…………恨みがましい口調になっているのは、何も役割に縛られて時間も行動も制限されるからだけではなかった。社長や幹部を始めとした御歴々に囲まれて肩身を狭くしている彼は、この世の全ての神に胸中で悪態を吐きながら、表面上は若く張りのある男を装う。

 人並みには名声を求めるような思いがあるとはいえども、そこに責任問題が絡んでくると、流石の基次郎であっても委縮せざるを得なかった。誉めそやされるだけであれば良い。ただそれが、自分にも責任の一端を担わせるようなものなのであれば、それは彼にとって重圧だった。


「…………――――については皆も承知の上だとは思うが、勿論、我々としても基次郎君を中心にしてサポートに尽力していく意思はある。稼ぎ時だと声高に叫ぶつもりはないが、利回りを良くすることによって得られる物もあろうからな。とは言え、どの程度まで注力するかというのは未だ目下の問題として残っている。励み給えよと言って放り出せるわけでもないのだから、是非この場で共に丁度良い具合を見つけだそうではないかと思ってな」


 鶴の一声が響き続けているような、喉深くから響く使い古された漆塗りのような社長の声が、会議室内に広がる。何故かその隣に座らせられている基次郎としては、名前を呼ばれるたびに微妙な顔をして彼へと視線だけを向ける程度のことしかできない。

 大企業の社長らしく人当たりの良い存在として名を広めてはいるが、実際の性格が直情的なものだけでないことを基次郎は察していた。商人海千山千とは良く言うが、彼ほどに表情の読めない人間を基次郎は知らなかった。


 彼は、世渡りが上手い。人の表情を良く見ているのも、その器用さの発露のようなものだった。

 こうして責任超過な現状に至っているのは、その器用さが彼自身に牙を剥いた結果なのだろうが。何事をやらされても上手い具合に熟してしまうために、とうとうここまで来てしまった。


 ぼんやりと、自分の知らない単語が飛び交う会議を眺める。現場の人に理論を求めてはいけないとは、誰もが知っていることだろう。指示を出すものと出される者は、責任としての違いだけではなく、有する能力に大きな違いがある。それ故に引き起こされるギャップが存在するにしても、常日頃から現場の声だけに付き従っていれば良いというものでもない。

 ………まぁ要するに、この場を逃げ出したいというだけなのだが。


 動き出しているのは、何もこの会社E F & F e c t i oだけではない。だからこそ、薄い焦燥感のようなものがこの場を支配しているのだろう。もしこの作戦が成功すれば、そしてこの迷宮の殲滅が着実に進行するのであれば、いつかは武器の作成というこの仕事でさえもなくなってしまう。だからこそ、またもう一度平和が訪れたときに、軍用の物品を作成した実績を活かしていかにスムーズな方向転換が切れるか、それが目下最大の議題だった。そしてそれは、もしかしたらこの作戦にかかっているかもしれない。何せ、もし今の事業を捨てるのであれば、会社としての評判は高ければ高い方が良いのだから。

 それはつまり、基次郎に掛けられた重圧が更に大きくなるということも意味しているのだが。


 きかけた溜息を喉の奥に呑み込んで、また基次郎は笑みを顔に張り付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る