第86話 炒飯
さて、最近はというものの常に森の中にいたせいで、実家に戻ってくるのも随分と久しぶりになってしまった。特に前回ここに来た時に信じられないほど大量に物品を買い占めて行ったので、二か月程度は買い出しにすら来ていなかった。
ということで、久方ぶりの実家な訳だが。最早タイミングが良いのか悪いのか分からないが、父親は姉宅にでも行っているのかインターホンを押して待てども待てども誰も出てこない。基本的に森の中で使用することの出来ないスマートフォンは家の中に鎮座しているために、父親への連絡手段はなかった。鍵がないから入れないんですが…………。
仕方がないので、強盗さながらに家の裏手に回り、物置の奥に置いてあるだろう合鍵を探しに行く。ここに合鍵が置いてあるのは有難いんですけどね。ちょっと探すのに時間が掛かると言いますか、物を移動させるのが面倒と言いますか。
家の中に入れないままこんな場所で野宿をするというのも馬鹿らしいし、探しはしますがね。
無事物置の隅の箱の奥のポールに括りつけてあった――――死ぬ程時間が掛かったがその話は割愛するとして――――合鍵を見つけ、日和を伴いつつ自宅に足を踏み入れる。几帳面な父親らしく、家の中はそれ相応に片付いていた。客室の方に日和のものを含めて荷物を運び、自分はスマホを取りに行く。
二か月も起動していないとなると勿論充電は空で、アップデートが幾つか待ち受けており、更に言えば大量の通知が届いている。少しどころではなく怖いのだが、目の前の課題から一度逃げるとその後もなし崩し的に手を付けられなくなるのでね…………。
充電ケーブルに繋ぎ電源ボタンを長押ししたスマホを机の上に安置し、一旦は距離を置くことにする。もう既に昼時なので、何かしら食事をしたかった。
ということで、キッチンへ。
「んじゃ、作りますか」
「作りましょー」
先程までリビングのソファでしれっと寝転がっていた日和と共にキッチンに立つ。日和も何度もこの家を訪れているので、最早遠慮など微塵もなくなってきていた。最初の頃はまだ連れてきた猫のような雰囲気をそこはかとなく醸し出していたような気がしたのだが。
…………いや、初めて連れて来た翌日昼近くまで爆睡してたなこの人。
まぁともかく、普段の外での料理よりも聊か居心地のいい場所でのクッキングタイム。楽しむようなものでもないが、動きやすいことには間違いなかった。
本日の
サイドメニューに関しては、普段はなかなか食べる機会のない生野菜のサラダと、後は適当にオニオンスープ的なものを作ろうかと。日和さんと相談の結果、私が炒め物で、彼女がその他諸々を作ってくれることに。まぁ、うちのフライパン重いしね。
まずは色々と切らなくてはならない訳だが。
「辞めなさい包丁振り回すのは危ないでしょうが」
「嫌だ私が先に切るんだ!」
「野菜は手でも大丈夫です。だから久方ぶりの研がれたての包丁は俺が貰います」
「はーい、ズルでーす。そんなこと言うんだったら私は肉を手でちぎります」
結局根負けして、研ぎたて
お客様困ります、そこまで細かく切られるとサラダじゃなくてペーストになってしまいます。っていうか純粋に包丁持って笑顔な時点でサイコパスみが凄いんですが、それは。
俺の手の下に戻って来た包丁で肉を切り、ネギを切り、それを一つの更にまとめる。乾燥肉に関しては既に一度火を通してあるので、生焼けを心配する必要はあまりなかったりする。特に小さく切っている今回の場合では、例え加熱時間が五秒ぐらいでも大丈夫な気がする。多分。
ともかく、父親が丁寧に保管している包丁は凄い切り心地が良かったです。はい。
「てか炒飯作る手際凄い良くない? どこかで作る機会あったの?」
「家にいた頃は野菜炒めか炒飯で生きてたからね。男二人だったから、ずっと父親だけに料理任せる訳にもいかなかったし」
「あー、そっか。いや、常に肉燻してるだけなのに、何で米炒めるの上手くなってんだろって思って」
「そんな人をスモークしか能がないみたいに言われましても」
「………え、違ったの?」
「酷ぇなおい」
冷凍してあったご飯の塊を幾つか解凍する。さぁ、手際の良さの本領はここからでっせ。
中華鍋に胡麻油を敷き、火を入れる。隣で日和がオニオンスープを作り始めた。いや、何でさっきまで凄い嬉しそうに包丁使ってたのに玉ねぎは皮剥いだだけで丸ごとお湯にぶち込むんですかね。
ともかく、鍋の中に卵を入れ、掻き混ぜながら炒める。少し固まってきた辺りで解凍済みの白米を入れ、ヘラで解した。そして更に他の材料を投入。
「それ胡麻油ずるい。暴力的な匂いがする」
「暴力的て」
「あ凄いお腹空いて来た」
「あとちょっとだけ待ってくださいねー」
皆さんご存知赤い缶に入った中華系調味料を入れ、更に胡椒を全体に振りかける。胡麻油と肉の香ばしい匂いで既にやられていた日和は、手早くスープをよそい、既に盛り付けてあったサラダを冷蔵庫から取り出して食卓に並べた。
自分も白磁の皿を取り出し、そこにまだ湯気の立つ炒飯をよそって行く。………前は良く作っていたから慣れていたのだが、最近は中々味わっていなかったために、自分も匂いに撃沈しそうだった。
その後は、言わずもがな。ちゃんと美味しかったです。
――――――――――
いや本当は話が展開するシリアス話を書くはずだったんです。淳介がいつの間にか炒飯作り始めただけで…………。
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