第122話 平和
現実世界に戻って、半年後。
この半年は本当に平和だった。最初こそ戸惑ったものの、かつては出来なかったようなことを色々と楽しめたので案外楽しかった。一人カラオケも行ったし、一度だけ海外旅行なんかもした。
イニタスは俺の体については元のもののままにしておいてくれたらしく、学校自体もあまり手間ではなかったし、種々の面で体力的にも余裕がある。
父親と姉はやはり何も知らないらしく、
ただ、割と見たことのある人間達が絡んでいたりするは面白かった。以前都心に遊びに行ったときに、リゲイナーズのリーダーの顔を一度見つけた。その時は疲れた顔をしてコンビニのバイトをしていたので、何となく飲み物だけ差し入れしておいた。本当に色々と疲労していたらしく、物凄い勢いで感激されたが、まぁ元気に過ごしてくれていれば良いなと。
最近一番楽しかったのは、以前の拠点に遊びに行ったことだ。俺の知らない二十年の間に都心の付近はかなり開発されていたのだが、例の拠点の部分だけは少し都心から離れていたおかげで、まだ森が残っていた。
流石に洞窟のようなものは残っていなかったが、地形的には結構見覚えがあって面白かった。その時はそこに一泊だけして帰った。
後、一番衝撃だったのは、
流石に有り得ないだろうと思ってただの別人説を推していたのだが、何度見てもその人にしか見えないので、諦めて現実を受け入れることにした。
ちなみに、此方の世界の姉はまだ結婚していない。何なら付き合っているという話すら聞かないが…………。以前の世界線でも姉が結婚すると言って家を飛び出すまで恋人の存在を知らなかったので、実はもう既に繋がりがある可能性もあるけどね。
故に、兵吾さんの研究所の現状は何も知らない。魔力関係の研究をしていた彼らが今何の研究をしているのかは全く知らないし、何なら彼らが研究所として活動しているかどうかも分からない。俺の見知っているメンバーが全員揃っているかどうかも知らなかった。
まぁ、近況報告としてはこの辺りだろう。
今となってはやりたいことも大方やりつくし、本当に何もすることのない生活を送っている。大学の勉強もしたところで面白くはないし、スポーツの辺りも大して楽しくはない。
通っている大学は地元の国立で、住んでいる場所も実家。課題もあまり忙しくはなく、今日などは特に日曜日で何もすることが無かった。
ぼんやりとしながら、自宅の周囲を散歩する。家の裏手にあった、事の発端の
まぁ、
家の裏手を抜けて、その先の道を歩いて行く。今日はショッピングモールに行こうではないかと。
此方の方面は市内でも発展している場所で、拠点で過ごしていた頃には買い出しに何度も来ていた。食料を初めとして、キャンプ用品が色々と売っていたから、本当に有難かった。
二十分も歩けば、目的地に到着した。何を買うつもりでもなく、取り敢えず店の中を巡って行く。
こうして歩いてみると、お世話になった物達が色々と見つかってくる。赤外線センサーとか、アウトドア用の移動式キッチンとか、バーベキューで使いやすいような鍋、フライパンだとか。
前にふざけてファッションショーだか何だかをするために、ちょっと高めのブランドで買い物した時もあった。しかもそこで犬用の服があって、二人で一緒に爆笑しながら豆腐用の服を買って帰った記憶がある。
フードコートも行くか。
前来てた時は某バーガーチェーン店ぐらいしかなかったけど…………。思ったより店の種類がある。やっぱり前回は色々事情があったのでしょうね。
人が多すぎてここで食べる気にもならないし、テイクアウトで食事だけ買って帰ろうかと。
スマホで適当に払って、紙袋に入ったバーガーを受け取り、家路に着く。
どこで飯食おうかな。折角だから公園か何かででも良いし、別に家で食べるでも良い。…………晴れてるし、外で食うか。
家から少し離れたところに、広めの公園がある。外れにあることに加えて純粋に広いので、人口密度は低かったはず。
取り敢えず試してみるでも良いか。
少し郊外の雰囲気がある道を歩き続けて行くと、ちょっとした住宅街の横に開けた芝生が見えて来た。隣にはテニスコートがあったりして、そちらは割と賑わいがある。
ただ、木陰のベンチにはあまり座っている人はいなかった。
一旦腰を落ち着けて、体を休める。疲労感は殆どないが、少し運動した後涼しい場所で休憩できるのは気持ちが良かった。
こんな場所で食べる物じゃないんだよなぁ、などと思いつつバーガーを取り出す。完全にジャンクな食事というのも何となく気が引けて、飲み物だけコーヒーにしてせめてもの抵抗を
そうして食事を初めて、ぼんやりと辺りを眺める。
…………平和な世の中になったと思う。以前の自分の生活と比べると、本当に。
子供が楽しそうに笑いながら駆け回っているのが眩しい。こんな光景を見ることになるとは思わなかった。
何となく泣きそうな気分になりながら、食事を口に運ぶ。
────ふと、足音に気が付いて顔を上げる。
唐突に視界に入って来た犬の顔面に、思わず立ち上がる。そのゴールデンレトリーバーは、俺が立ち上がったのをも気にしないで、体に飛び乗って来た。
最近本格的な運動をしていなかったせいで、体勢を整えるのが上手く行かなくて、そのまま後ろに倒れる。ベンチの上に倒れたせいで背中が思ったより痛かった。
文句を言おうと犬を見るも、その満面の笑みが視界に入って思わず口を噤む。何となく見たことのある表情だった。
「あ、すいません!」
焦ったような声、飼い主だろうその声に、心臓が一度大きく脈拍を打った。聞き慣れた声、ずっと、隣で聞いていた声。
ずっと、知らない人間として接するのが怖かった。だから、探しに行こうとさえ思っていなかった。
「大丈夫で────」
視線が合う。
彼女もまた、言葉を失っていた。少しの間、止まっていた何かが動き出すように、何も言えないで、何も言葉に出来ないで、ただただ心臓が脈打つのを聞いていた。
他人行儀だった彼女の表情が、一旦崩れて、見慣れたものに変わって行く。
彼女の瞳から大粒の涙が流れる。それでも、彼女は笑っていた。幽かに、誰にも分からないくらいに────自分以外には誰にも分からないくらいに。
彼女の表情は、世界で一番綺麗だった。
これが、彼女の笑顔が一番守りたかったものだと、やっと気づいた。
fin.
ダンジョンに川を流し込もう 二歳児 @annkoromottimoti
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