第121話 イニタス

「下手気に煽って悪かったね。ただ、こうでもしないと君は真面目に聞いてくれないだろう?」


 途端に良い笑顔になった男が、そう言葉を続けた。

 誠に遺憾だが、確かに先程まで話半分に聞き流していた自覚はある。まぁ、変な名前のコスプレおじさんに急に話しかけられて確りと話を聞けと言う方が無理はあるのではないかと。


「…………私がふざけた所為だと言いたいのかい? しかたないなぁ」


 …………どうせそうだろうなとは思っていたが、俺の考えていることが分かるのであれば、もう少し早く言及して欲しかった。

 この台詞も聞こえているのだろうが、当然のように聞き流した太郎の姿形が変化する。


「これで良いかい?」


 二十歳程の青年の声音で、そう問われる。浮かべられた微笑からは、彼の思考は何も読み取れない。先程よりも身長は幾分か低く、服装は現代的なものに変わっていた。

 これが「神」かと言われたらそうは見えないが、彼のこれまでの台詞に似つかわしいことには間違いない。


「名前は、そうだな、…………イニタスとでも呼んでもらおうかな。ラテン語か何かで【始まり】という意味だ。分かりやすいだろう?」

「………中二病の間違いでは?」

「太郎よりはマシだと思うけどね」


 太郎が悪かった自覚があるのであれば、最初から意味の分からない名前にしなければ良かっただろうに。アイスブレークにしてももう少し気の利いたものが有っただろうと思う。


「さぁ、大事な話を始めようか。と言っても、そこまで仰々しいものでもないかな。何、少し君に聞きたいことがあるだけさ」


 そう言った彼は、静かにグラスに手を伸ばす。


 …………姿形を自由に変えられるということは、例の男も含めて元は人型という訳ではないのだろう。イニタスが名乗る際にも「世界の管理者」とは言っておらず、この世界自体が何かしらの番号で呼ばれていた。他にも世界があるのであれば、人型以外の生命体が居ても不思議ではない。

 そもそも「生命体」という概念が、どのように扱われているかも分からないが。彼らが管理をしている世界も、何を基準として管理しているのかは分からない。空間自体を存続させることが重要なのか、それとも人類のような存在を管理することが目的なのか。

 例の男が積極的に地球に手を加えていたことを思うと、後者が正解のような気はするが。


 人類の構造も割と長い年月をかけて造られた複雑なものだとは思うのだが、実際のところはどうなのだろうか。長い目で広い範囲を見れば、割と普遍的な存在だったりするのだろうか。


「…………君は真面目に話を聞き始めると思考があらぬ方向に飛んで行くんだな」


 否定はできない。人間誰しもそういうものだとは思うけどね。


「良い。話を戻そう。聞きたかったのは、この世界をどうするかという話だ。端的に言ってしまえば、君たちが迷宮ダンジョン、魔物と呼んでいるものの扱いだね。あぁ、勿論龍に関しても対処はする」


 …………まぁ、そうだろうはとは思っていた。

 なら今まで何故手を出していなかったのかと問い詰めたい思いはある。ただ、先程のイニタスの話であれば、何かしら下界の民が理解し得ないルールが存在して彼は例の男に手を出せなかったと言う。だからこそ、この時機タイミングでのこの質問なのだろう。

 自分に何も言わずに勝手に物事を済ませてしまえただろうに、わざわざこうして時間を取っているのは、目の前の男の優しさなのか、それとも純粋に面白そうだからとかいう頭のおかしい理由でなのか。

 何となく後者のような気がしないでもないが、取り敢えずは今はどうしようもないのでスルーで。


「選択肢は幾つかある。まず一つ目は、迷宮ダンジョン、魔物、龍等の異物を全てそのまま残すこと。より詳しく言えば、今までと同じように残すことってことだね。メリットとしては、君が今までのように戦える、そして君の傘下の魔物も消えないで済むこと。デメリットは、人類の危機であるということが変わらないということ」


 指を一つ立てて、男が話す。そして次の選択肢を、指を二つ立てて話し始めた。


「二つ目は、異物はそのまま残すが、これ以上新しい個体が発生しないようにすること。これが一番良いバランスじゃないかと思う。メリットは、先程と同じ事柄に加えて、人類の危機が減少することで、デメリットは、君の戦闘本能を満たすものが時間経過でなくなってしまうこと」


 想像以上に細かく選択肢を提示してくれるらしい。


「三つ目は、異物をこの瞬間に消滅させること。メリットは、人類の危機が無くなることかな。デメリットは言わずもがな、君が戦う相手が居なくなることかな。ただ、君と懇意にしてた魔物達を生き残らせることはできるよ」


 …………なるほど?


「二十年前に何も起こらなかった世界線には戻せるんです?」

「まぁ、出来るには出来るよ」


 やっぱり。


「ただ、君にとってはメリットはない。二十年前────まぁ君が言いたいのは迷宮ダンジョン発生の前まで戻せるかということだろう? 君が仲良くなった魔物達はいない。加えて言えば、大曾根日和とも知り合うことはないだろうね。研究員の面々とも、だ。君の衝動はどうする? 戦えない苦しさは君が一番実感しているはず」

「…………俺の考えてることは分かるんでしょう?」


 先程の感情の読めない表情が崩れて、イニタスが呆れた表情を作る。


「よろしくお願いします」


 溜息を吐いた後、彼は「分かったよ」と諦めたように笑った。

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