第20話 本格攻略一日目

 半日ほど走り続けて、未到達区域に辿り着いた。

 魔物との本格的な戦闘に入る前に、昼食を食べて体力を回復させることとする。割と急いでここまで来たので、精神的にも少し落ち着いた方が良い。

 魔物がうじゃうじゃと蔓延っているのを眺めながら、家の近くの某営業時間のコンビニで買って来たサンドイッチを口に含む。この時世で良く材料を揃えたものだが、なにやらタコスフェアなるものをしているらしく、今日のサンドイッチはメキシカンだった。タコスミートの風味に、非常に南米を感じる。更に買ってきていたおにぎりを二つ胃の中に詰め込んで、プラスチック包装を荷物入れの中に乱暴に押し入れて、立ち上がった。

 外出時のバッグとかリュックの中身が、朝は綺麗に入れてくのに帰りになると凄いことになっているのは、こうやって適当に扱っているのが主な理由ではあるのだろう。それは分かっているのだが、ゴミ袋やら何やらを用意する寸前のところでモノグサが上回るのは何故なのだろうか。


 食後に急に動くのも嫌ではあるが、ここで長時間足を止めて休憩してしまうと体が固まるような気もする。F-1の超絶蛇行走行よろしく全身を温めて来たのだから、下手に休ませてそれを無駄にするというのも勿体ない。

 べ、別に気が急いてるわけじゃないんだから………! 早く魔物と闘いたくてうずうずしてる訳じゃないんだからね………!


 ということで、立ち上がりつつ金属パイプの感触を確かめる。昼食中も常に握り続けていたせいで、触っている部分が妙に生温かい。ただ、金属らしい冷ややかな感触も好きではあるが、戦闘直前直後の熱で人肌に温まった感触も嫌いではなかった。

 飛び掛かって来た魔物が、跳躍しているその間に、空中で薙ぎ払う。数メートル吹き飛んだ魔物は、そのまま地面に頽れて動きを止める。


 さぁ、では、始めましょうかね。


 といっても結局自分の行動は、ここまでしてきたことと変わりはしない。走行と戦闘の時間が反転するだけだ。体力的にも、二日間持たせられるだけの余裕はあるだろう。今まで通りの調子で戦っていられれば。


 最初に飛び掛かって来た魔物が断末魔として上げた叫び声が、迷宮ダンジョンの奥にいる魔物の注意を一目に集める。張り詰めるような空気で、どの一体もが血に飢えているような表情で、それでいて平和なはずだった魔物同士が、一様に牙を剥いてこちらに驀進した。

 やはりこれだけ数が集まると壮観だった。常時感じている事ではあるが。


 最前列でこちらに向かって来た犬型の魔物に、上から鈍器パイプを叩き落とす。そしてそのまま、そのまま横薙ぎに二匹の魔物を。

 足に絡みついて来ようとした小柄な魔物を蹴り飛ばして、角の生えた猪のような魔物の突進を避け、振り下ろす。骨が割れる手触り、柔らかい甘美な手触り。


 進めば進むだけ魔物が襲い掛かってくる。やはり、数がいるだけその種類も豊富だった。水棲の魔物である爬虫類系は見かけないことには違いないのだが。

 多様な魔物その全てを、獲物の一振りで沈める。


 直ぐに、その場に集まっていた魔物はその姿を消した。少し体を落ち着け、息を整えてから前方へと走り出す。

 首筋に玉のような汗が噴き出る程に熱い身体とは違って、頭は冷え切っていた。残りどれだけの時間動き続けなければいけないかを考えつつ、速度を調整して行く。どうせ途中で面倒になって全てを投げ出し、余る力を全て叩き付けて戦い始めることは目に見えているので、体力は多めに残して置く計算で。


 足は動かしながら、向かってくる魔物全ての命を奪う。


 感覚が冷たく冴えて行く。魔物の体を引き裂く武器が、手を介在して伝わるその感触が、その内部にめり込んで、、、、、行くのが、その細部に渡るまで事細かに分かる。

 前日に休んできたことが影響しているのだろうか、やけに調子が良い。


 焦って前に進みすぎるというのは良くはない。それは重々承知しているつもりだ。しかしだからといって、無理に自らの行動に速度限界を設ける必要もない。

 何せこの調子、この勢いだ。これで我慢しろと言う方が酷────そう思ってしまうのは、誰しもが分かってくれるだろう。

 …………これは、このまま行けば本当にこの迷宮ダンジョンを潰して帰って来れるかもしれない。







──────



 大量の魔物に囲まれながら、両手で持った鉄パイプを振り回す男、佐藤淳介。彼が進む道には、もう既に大量の魔物の死体が散らかされている。


 ノアの箱舟の再来と、そう揶揄されたこともある迷宮ダンジョン。人に悪夢を齎し、人が過去に犯してきたその罪を、清算するために発生したと言われたこともあった。


 それが、今となってはどうだろうか。


 一度その武器を振るえば、魔物が哀れにも吹き飛んで行き、まるでその命など最初からなかったかのように息を引き取って行く。

 頭部が抉られた死体。四肢が裂けた死体。腹部から下が原型を留めていないような死体も、完全に背中から真っ二つに圧し折られた死体もある。


 大量の返り血で赤く染まった姿。恍惚とした表情。嬉々として振るわれる鈍器。

 今、迷宮ダンジョンと彼は、どちらが悪夢だろうか。


 愚問────答えるまでもない。


 彼の道に倒れる魔物の苦痛に満ちた表情が、その全てを語っていた。

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