第21話 迷宮内部の夜
ふと気が付いて、右腕を見る。表面の血を袖で拭えば、腕時計の針は既に夜中の十二時を指していた。
夕食を食べるのを忘れていた。集中していると空腹すら忘れることがあると言うが、実体験したのは初だった。飛び掛かって来た魔物の頭を叩き潰して、後ろ走りでその場を去る。
追いかけるように飛び出してきたのは数匹で、走る速度を落としつつそれらを叩いて行った。
自分の周囲に何もいないことを確認してから、壁際に座り込む。座り込む動作だけで足が重いのが分かる。幾らレベルアップの恩恵があると
…………いや戦闘狂かよ。ちゃんと気を付けよ。
昼食と同じような手掴みで食べられる軽食を、荷物入れから取り出す。この夕食を食べてしまえば、明日の朝食と昼食は栄養調整食品の某カロリーの友しかない。一応飲み物は持って来ているものの、想像するだけで口の中から水分が奪われる気がした。味わって食べねば。
体当たりか何かをモロに食らって食事が全部やられることもあるかと思い、崩れても食べやすそうな物を持ってきたつもりでいたが、この調子で行くと気にしなくても良かったのかもしれない。
今の所、未到達区域の中で何か異常事態は発生していない。まだコアから遠いということでもあるのだろうが、環境が普段と同じであるというのは非常にやりやすかった。
疲れた体に、食事が染み渡る。運動してからの飯は格別だと、級友の誰かが言っていたことを思い出した。これが温かい食事だったら尚のこと良いのだろうが。
食事もそこそこに、立ち上がる。前述の通り、まだコア付近には辿り着いていない。
あー、マジで地獄の行軍だわ。
普段割と余裕があったから、そこまでにもならないだろうと思ってたけど、完全に過小評価だった。途中で羽目を外す回数が多すぎて、完全に体力ゲージの予定が崩れている。
食事のお陰で、少しは疲労も回復するだろう。この一瞬で完全回復という訳には行かないが。ただそれでも進まなければ。時間はない。
問題はペース配分だ。それだけ気を付ければ良い。
食事から二時間後、体力が回復したような気はしたが、疲労感が取れた訳ではなかった。動きを止める度に、足が重く感じる。戦っている最中ならば、この疲労感も気にならないのだが。
湧き上がる衝動に身を任せて戦う────基本的に一日目の戦い方は、それで良かった。体力に不安はあったが、二日程度でなくなるわけではないだろうと考えていたから。
ただ、休憩を抜いた連続での戦闘は想像以上に体力を消費した。十二時間程度ならば良い。それだけであれば問題ないのだが、それ以上となると一気に精神的にも疲労的にも辛くなってくる。
行ける所まで行くとしても、辿り着いた先で倒れるようでは仕方がない。そこから帰って来なければ。
そう考えると、ここでの撤退というのも視野に入れざるを得なかった。何せ、今回は初の長時間の攻略だ。例え今回できなかったとしても、次がある。初めての経験で慣れがない中、無理をする必要はない。
ただ一つ、ここで帰ることの問題は、純粋に自分の性格の問題だった。
せっかくの晴れ晴れしい門出で、自分の体力不足程度で出鼻を挫かれるというのは気に入らない。非常に気に入らない。自分がこうしてレベルアップで強化されているのは運だとか、普段考えているそんなことはこの際どうだって良い。
こんな道半ばで躓くというのは、気に入らない。
無策で突っ込むつもりはない。出来る限りのことはする。
ここで引き下がってはならないだろう。精神の安静を保つためにも。
ということで、進もう。
更に一時間が経った。
疲労感はまだある。それでも、無視できない程ではない。
更に、戦闘中の例の衝動との戦い方が分かって来た。
殺戮の感触に喜びを覚えるならば、別に回数を増やさずとも良い。ただただ武器だけを振り回すのではなく、立ち回り、騙し、相手を完膚なきまでに叩き潰す。それだけでも、精神的な悦びはある。
一つ一つの戦いに集中するでも良い。自分は今魔物の軍勢と闘っている訳ではない。魔物にはそれぞれ個性があって、それぞれの思考がある。個々の魔物を、それぞれを意識して戦う。魔物の塊を一つ潰すよりも、一匹の魔物を千も、二千も殺す方が良い。その方が楽しい。
性格が捻じ曲げられて行っている自覚はある。それでも、この際気にしてはいられない。元より自分の性格など、命を賭して守らなければならないほど大事なものではなかった。
これで自分の意思に反して暴走することは────恐らくだが────なくなった。
これで、前に進める。
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