第95話 必要悪

 このような前書きのような場所で書くのも反則のようで気が引けますが、取り敢えずリゲイナーズの皆さんに対する弁明をば。

 彼らの行動があまりにも説明不足のような印象があると思いますが、今回の話はその説明回でもあります。ただ、彼らが淳介に対して常識外の行動を取っているように見えてしまっているのは、私が上手く書けていないという点も多大に影響していますので、前話で文章に落とし込めなかった部分をここに書かせてください。


 一、魔物に対する市民の印象は最悪(命を奪われかねない相手だということを念頭においてください)で、それを手懐けているように見える淳介も、そのイメージに引っ張られかねないということ。日和さんがあまりにスムーズに受け入れたせいで印象が薄れていますが、魔物は敵です。

 二、探索者シーカーの身体能力は、一般人よりは幾らかマシだという程度で、たかが「人間」であるということ。つまりは、銃弾を生身で弾くような化け物は人間として扱われすらしないだろうという話です。読者の皆様は画面の手前であるがためにエンターテインメントとして楽しめているかもしれませんが、現実世界に銃すら効かない存在が居たらめちゃくちゃ恐ろしいでしょうからね。


 不格好な応急処置ですが、ご容赦ください。前話を訂正次第、順次こちらも削除すると思います。




――――――――――――――




 嵐が去ったような現場で、四人は肩を上下させていた。肇がメンバーに一度、可能性として伝えたことはあったが、まさかこうして現実に相対することになるとは思ってもいなかった三人は、あまりの衝撃に言葉を呑まれていた。


 言われていた通り、気を確かに保っていなければ、あの場に蹲っていたかもしれない。プロテクターの奥では脂汗が大量に噴き出ていて、あたかも長時間全力疾走の直後のように疲労が全身を包んでいる。四人誰もが顔を青くしていて、軽く歓声を上げていた観衆たちの様子を訝し気に見ていた。


「…………俺が前に遭遇した時に同行していた職場の先輩も、魔力がない人は『あの気配』を感じられないらしいことは話してた。実際こうして目の当たりにすると信じられないけど、そうなんだろうね」


 肇がそう零すも、三人は言葉を返す様子がない。


 特に精神的に不安定だったのは沙良だった。例の青年を前にしたときに感じた、身の竦むような恐怖が、未だに彼女の心臓の奥を食い潰さんとしている。

 打ち出した弾丸が彼の体に弾かれたときの、手にしていた銃が急に重くなったかのような無力感。冷たい視線が向けられたときには、背筋の凍るような感触すら感じられるようだった。

 …………怖かった。


 急に自分の手がまだ残っているのかが不安になって、手を持ち上げる。震える両手は青白く、やけに血管が浮き出ているように見えた。

 つ、と遼河が右手を差し出す。…………彼の手も震えていて、彼の視線も不安げだった。それが幾らか、沙良の心を柔く溶かす。


「…………まさか今日になるとは思ってもなかったけど、明日になる前に一つ懸念が乗り越えられたと思えば良い。一度目は辛いにしろ、二度目三度目はまた違って感じるだろうから」

「そうだな」


 沈黙を守っていた基次郎が、賛成の言葉を返す。その声は若干震えていたが、それでも少しは普段の感覚を取り戻してきたようで、彼の表情は弱々しいながらも笑っていた。


 そう、意識を向けるべきは、今日ではなく明日だった。沈みかける気持ちを無理に持ち上げて、四人は行動を再開した。




―――――――――――




 計画実行の前日ということも相まって、彼らリゲイナーズの世間からの注目は大きかった。日本全体でも勿論だが、都心ではそれこそ殆ど全員が彼らの配信を心待ちにしていた。

 だからこそ、だろうか。それとも、なるべくして引き起こされたものであるのか。


 リゲイナーズという英雄が現れてから、人類は大いに勢い付いた。止まっていたインターネットの活動は再始動され、人々は死ぬために生きるような日々を抜け出した。それはまるで停滞していた時が動き出したかのようで、長い冬眠を取り返すかのように人々は熱を帯びるようになっていた。

 しかし、英雄を際立たせるには、それに相対する陰が必要だった。魔物という全体ではなく、何か一つ大きな個――――――――戦うに際して、人々の悪意の標的が。


 魔王、誰がそう呼び始めただろうか。


 魔物を従え人々の前に現れ、足掻く英雄たちを冷たく睥睨して帰って行く、人類共通の敵。颯爽と踵を返す場面だけを抜き取った写真がセンセーションな見出しと共に拡散され、それはあっという間に電子の海を飽和させた。

 悪意を吐けば吐くだけ褒められるような、そんな風潮がいつの間にか出来上がっていた。偶然彼が写り込んでいた写真は直ぐに拡散された。去り際のシーンをスマートフォンで写真に収めた者は、人々から口々に称えられながら、彼が、そして魔物がいかに恐ろしかったかを語った。


 極め付きは、ある研究資料だった。


 ―――――迷宮ダンジョンは、恣意的創作物である。


 国直轄の機関であり、リゲイナーズへも多大な支援を行っていたSCE研究所の辻井良太という人物。彼が発表した研究の末尾に添えられていた一文。

 恣意的創作物であるとして、それは誰の手によるものなのか。そして、何のために作られたのか。そうした疑問が残されていたばかりに世の目に晒されずにいたこの研究は、時機を得たかのように存在を主張し始めた。


 かの魔王が、青年のようにしか見えないあの男が、世の中へと悲劇を齎した。


 …………誰かしら責められる者が過去にいなかったことも、ここまで弾け飛んだ一つの原因なのだろう。長らく日本を治めて来た来た賢君は、苦言を呈するにはあまりに偉大過ぎた。苦境と呼ぶのも生温い地獄のような環境では、政治に名乗り出る者達は誰も彼もが出来た者達だった。

 やり場のない、怒り。魔物というあまりに全体的で、更に言えば抵抗手段も殆どない相手に対しては、苛立ちに苛立ちを募らせて行くことしかできなかったのだ。


 人が死んだ、と叫ぶ声がある。家族が殺されたと、友人が殺されたと、誰もが彼へと怒りの視線を向ける。

 幼い彼の影が、青年となった彼に重なる。

 母親へと手を伸ばし、無邪気に笑おうとして、冷えた視線を集める彼の姿が。

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