第101話 縁
―――――時は少し遡る。
押し寄せてくる魔物を至近距離で射撃しながら、肇は駆け回っていた。
こうも近接戦闘を続けて居れば、いつかは命を落としかねない。そんな恐怖に駆られてのことだった。流動する戦場に対応するためにも、彼は動き続けなければならない。
先日の戦闘の疲労感は未だに抜けきっておらず、戦闘を始めてから少しも経っていないというのに、彼の足は既に悲鳴を上げ始めていた。
後悔が頭を過り、目の前に迫って来た魔物によって搔き消される。
余計な思考を挟んでいる暇はなかった。
「ハジメ!! 動けこの野郎!」
喝を入れるように基次郎が叫んだ。彼も既に限界が近づいた表情をしており、その額には玉のように汗が浮かんでいる。
彼の視線の先では、肇が重い足を引き摺りながら銃を構えていた。魔物は明らかに許容量を超えて押し寄せてきており、仕留められるのは極一部のみ。大量の魔物に翻弄されている四人の中でも、全体のバランス調整を役割としている肇は割を食っていて、戦闘が始まってから今の今まで走り続けていた。だからこそ疲労感が溜まるのも、仕方のない話だった。
………しかし彼はそれでも足を止める訳には行かなかった。ここを通り過ぎれば、魔物は全て顔を綻ばせながら都心へと跳び込んで行く。彼らが止められなければ、街の中へと魔物が流れ込むことになる。守り人は、守り人としての役割を果たさなければならない。
付近では、既に多くの
一人の仇を討てども、魔物は次から次へと押し寄せて来る。どの魔物が同胞を殺したのか、どの魔物が仲間を腹に収めたのか、どの魔物に恨みをぶつければ良いのか、そのどれもが分からない。
飛び込んできた魔物に伸し掛かられて、肇が体勢を崩した。その魔物を狙って沙良が銃を構えるも、その奥にいる
なけなしの体力を振り絞って、肇が魔物の額へと銃口を突きつけ引き金を引いた。最早耳馴染するような銃声が響いて、魔物の脳髄が飛び散る。肇は疲れたように身を引いて、バックステップをして辺りを取り囲もうとする魔物から距離を取った。
リゲイナーズの四人は全員が全員、体力の限界に近づいていた。疲労感に憔悴している彼の瞳は落ち窪んでいるように見えて、その眼光は怪しく光っている。
肇の様子を見つめながら、基次郎は無理やりに姿勢を持ち上げた。
本当は、今にも街の中に駆け込んで行きたい思いはある。自らの家族が、自らの友人が、近隣住民が、知り合いが、襲われているかもしれないのに、こんな場所で戦っている場合ではないと、そう思っている。
ただ、銃火器を使っての戦闘しか知らない彼らは、市民をも傷つけてしまいかねない武器を抱えたままのうのうと街の中に繰り出して行くことはできなかった。だからこそ、この場所で、街の中に雪崩れ込む魔物の流れを止めることしかできない。
全てが地獄のようだった。疲労感故に、思考は全て停止されて、意識は段々と薄れて行く。
どれだけの間、そうして戦い続けていたのだろうか。既に沙良は疲労ゆえに倒れていて、その周囲を守るように遼河が歯を食いしばっている。肇は未だに青白い顔でどうにか現状を維持していて、基次郎は全員のサポートに回っていた。
そして、それは突然だった。
「………は?」
目の前で大量に魔物が蹴散らされて、基次郎は思わず困惑の声を漏らす。彼の視線の先では、大型の白い狼型の魔物が修羅のように暴れていた。
狼が口を開き、魔物へと噛み付く。その勢いのまま周囲の魔物の頭部を噛み砕き、体液を撒き散らして、彼らを弾き飛ばす。近寄って来た魔物を全てその牙の許に下し、死骸の山を積み上げる。
白い毛皮に血飛沫が飛んでいて、夥しいほどに詳細な柄模様を作り出していた。
怖気付いた魔物が後退ろうとするのを、白い狼が前脚で踏み潰す。魔物は悲鳴を上げて、逃れようと体を捩る。数倍もある体躯を持つ狼は身動ぎすらせず、冷たい表情のまま魔物の頭を噛み千切る。
ものの数分で魔物を蹴散らした魔物は、そのまますくりと立ち上がった。そして彼ら人間を無表情で睥睨する。
絶大な敵を前にして基次郎が感じたのは、恐怖でも無力感でもなかった。
それは、言葉にするのであれば、美麗な存在への感嘆のようなもので、人智を超えた存在への畏怖だった。彼は今、確かに白いその魔物に対して、心惹かれている。
基次郎が何かを言う前に、狼は視線を街へと向けた。
遠くを望む彼の視線は鋭く、平坦で、直線的だった。
肇が最後の力を振り絞って立ち向かおうと、銃を持ち上げる。それを制止したのは基次郎だった。彼が首を振れば、肇は諦めたように銃を下ろす。
その後ろでは、沙良と遼河が疲労に染まった表情で彼らの事を見ていた。
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