第88話 「魔物大量発生の懸念について」

 ということでやって参りました、研究所。と、割と軽い心持ちでいたのだが。

 どうやら想像以上に大きな規模で相談会をするらしく、食堂に大量の机を繋げた状態で、皆の顔が見えるようにしてある。事前に資料まで配られており、そろそろ少し恐ろしいと思ったり思わなかったり。


「さぁ、今一番現場に身を浸らせている人が来てくれましたからね。ちょっと話していきましょうか」


 開始の合図も何もなく、橘さん―――――兵吾さんが話し始める。

 …………ちなみに態々呼び方を変えたのは、「淳介君の姉も橘だからね?」と言われたから。確かに結婚して姉の名字が変わっていることは全く考えていなかった。本人から言われて初めて気が付くとは。何たる不覚。


 面倒な話が始まりそうな予感だったので、その前に聞きたいことの質問をば。


「質問なんですけど、リゲイナーズってそもそも規模どの位なんですか」


 これ位は一応聞いておきたいところ。移動中にメッセージで聞いた兵吾さんの話によれば、今となっては一般常識程度には広まっている―――――――というより人気の出て来た存在らしいし、質問で催促しなければ説明がなされることもないだろう。

 と、思って聞いたんですが…………。なんか凄いガン見されてません…………? え、何か俺間違ったこと言った?


「いやそんな困惑の顔できる側の人間じゃないからね、君。今まで淳介君が話せるってこと知らなかった人ばっかりだから吃驚してるだけだから」


 …………確かに、人前? で話すのは久しぶりか。

 常日頃から日和と話していたせいで失念していたんですが。


 橘さんの言葉を皮切りに、研究員たちが口々に何かを言い始める。「え、会話のできないタイプの生き物だと思ってました」だの、「なんか声違和感凄くね?」だの。何か凄い色々と言いたい放題言われているような気がしなくもないが。

 ………別に元から話せない訳じゃないんですけどね。ちょっと怖いだけで。こうして注目されてるとまだ話しにくかったりしますし。この程度であれば、少し気の弱い人であれば同様に感じるのだろうけれどもが。


 兵吾さんが、「んじゃ話戻しますね」と、また場が静まり返ったあたりで話を再開した。先ほどまでの少し緊張感がある雰囲気とは打って変わって、和やかで聞いていても居心地が悪くはない。

 緊迫感があるからと言って忌避したいわけではないが、落ち着いて聞けた方が内容が入ってきやすいのは確かだった。その点に関してはとてもありがたい。


「リゲイナーズのメンバーは四人だね。少ないけど、その分注目が集まってる感じ。彼らの基本的な計画は探索者シーカーの知名度の向上で、界隈全体の人員不足を解消しようっていうことになってるっぽい。…………と言っても、基本方針に関しては明かされてるわけでもないから、完全に推測だけど」


 四人、四人か。確かに探索者シーカーらしいイメージを定着させるのであれば、その程度が丁度良いのだろうが。実際に活動を任せるとなればもう少し規模が大きい方が良いような気もする。

 ただ、政府が色々と武器を――――――という話も兵吾さんがしていたので、実際規模が足りないかどうかは良く分からない。大型の火器を運んで進んでいるのであれば、四人どころか一人でも二人でも苦労はしないだろうからね。


「ということで本題に戻るけど、そろそろ予定されてる『大規模侵攻』だね。何を持って大規模というのかも分からないし、詳しい情報もあんまり出てる訳じゃないけど、字面からして怖いのはちょっと事実。淳介から聞いた情報を考えればだけど」


 そこで兵吾さんは一度息をく。その合間に軽く資料に目を通した。


「一応一般に出されてる情報から確認すると、探索者シーカー関連の会社は殆ど協力に名乗り出るみたい。そもそもこれまでもリゲイナーズとどっかの企業が協力して迷宮ダンジョンに挑む的なことはやってたから、企業が参加することに対してあんまり抵抗がない。ならば、歴史に残るであろう初の大規模作戦に名を馳せない理由はないよね、っていうことなんだろうけど」


 もうちょっと待っててくれれば研究成果まとめて発表してたんだけどなー、とあまり残念でもなさそうに兵吾さんが呟く。

 そう、配られていた資料は、例の魔物大量発生の情報をまとめたものだった。どうやら元々発表するために、細かい実験だの色々と繰り返し、全て分かりやすくデータを纏めて、文章に起こして、と尽力していたらしいのだが。


「まぁ、迷宮ダンジョンを潰して回らなきゃいけないわけで、淳介君から貰った以外のデータは、どこかの探索者シーカー軍団が潰した迷宮ダンジョンを見て回って確認した程度になっちゃててね。想像以上に時間が掛かってしまったということでして」


 ただ、その分と言っては何だが、丁寧にまとまっていて分かりやすくなってはいる。最初の一ページに概要が全て載せられていて、そこから先は細かい情報のより一層厳密な掲載。安っぽくも見えないし、ぱっと見の印象では信用できそうに見える。

 資料を纏めるのが適当だと表紙を一見しただけで深く読み込まれることもないだろうから、こうして時間をかけてでも詳細に情報を載せてきっちりとした形に仕立て上げたのは、間違いではなかったのだろう。


「まさか一介の研究所の意見で止められる訳はないだろうけど、万が一大規模侵攻の規模が本当に『大規模』で、かつ魔物の大量発生が起ったら、それこそ都心部が壊滅なんてことにもなりかねない訳だからね。…………本当はここまで力を尽くした時点で『俺の仕事終わり!』って言って放り投げたいところだけど、そうも行かない。これが誰の目にも止まらなかったら、何かしらの方法を考えた方が良いだろうね。取り敢えずこの研究結果を、大規模侵攻を検討している組の誰かしらに届けなければならないわけだし」


 確かに、何かあってからでは遅い。情報を握っていた上で危険性を見逃したともなれば、その後の罪悪感も半端ではないだろうし。


 兵吾さんは、その後も話を続けて行く。自分達にも幾つかの細かい質問が飛んで来たが、その他は殆ど聞いているだけ。


 苦い物は苦手だった。机の上のコーヒーは、中身を減らさずに冷めて行く。





 ―――――――――――――――――





 リゲイナーズが計画について追加情報を発表したのは、その丁度翌日だった。


『規模にして、迷宮ダンジョンを数十個。面積換算では、三キロ四方程度を予定しています。探索者シーカーの人数は総勢五百人超。是非、ご応援の程をよろしくお願いします』


 その侵攻規模は、奇しくも淳介が初めて魔物を大量発生させた時と、殆ど同じだった。


 場所は、都心から十数キロも離れていない。淳介は早朝のテレビを前にして、どこか遠くで悲鳴が響き渡ったような気がした。

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