第48話 赤茶

 やはり、この近くの迷宮ダンジョンだと魔物の大きさも違えば、その数もかなり違う。というのも、迷宮ダンジョンの洞穴自体の太さが通常の数倍近くある為、一度に視界に入る魔物が多い。然るにこちらから見ても圧倒感がある上、向こうの視界にも入りやすく、それだけ一度に集まってくる魔物の量が格段に増える。

 空間の広さ故の魔物の多さだけではなかった。


 距離が近い魔物から順に殴り付けて行く。

 どうもここらの魔物と言うのは闘争心が強いのか、順番など気にも留めないで一斉に飛び掛かってくるので同族でど突き合っている個体も多く、その分動きが変則的で戦い難かった。ただまぁ、別に手の届く範囲から手を出して行くという戦い方自体は変わらないのだが。

 最近気が付いたのだが、深く考えるより無心で殴っていた方が格段に効率が良い。流石に奇襲やら集団で連携を取ってくる場合には注意を払った方が良いが、魔物がそこまで考えて戦って来ることも少ないので、基本的には頭を空っぽにして動いている。


 右手側から飛び込んできた魔物を殴り、空いた隙間に体を潜り込ませる。体勢を保ったまま腰を落とし、背中側から飛び込んできた魔物を腹から殴る。切り替えし、右足を軸にして近くにいた魔物を蹴る。伸び上がった体勢から、更に付近の魔物へと両の手を組んで叩き落とす。

 同じ場所に留まって戦うと死骸が積み重なってただでさえ悪い足場が地獄のようになるので、なるべく移動しながら戦う。この際に気を付けなければいけないのは、足場や目の前の魔物に気を取られて壁際に寄ること。壁際を使って戦っても良いのだが、やはり思わぬ時に正面に壁が現れると面食らうので、普段はあまり近寄らないようにしている。


 やっと群れの終わりが見えて来た。開けた視界の中で、目の前から迫ってくる高さが俺の身長の数倍近くある魔物の下へと駆け寄る。


 群れの中でも一際大きく目立っていた魔物は、人間の胴体の二倍程の太さのある足に力を入れて、前へと急発進した。避けようと左足を踏ん張り、右へと勢いよく飛ぶ。

 しかして、魔物はその巨体に似合わぬ反射神経で方向転換をした。


 赤茶けた顔が迫る。魔物が飛び込み、地面へと刺さる爪。弾け飛ぶように穴が開いた地面をまるで気にも留めないように、平然とした顔で魔物は踏み出す。

 一つ一つ踏み出される足が重い。体格差は、それだけで悪夢だった。


 隣から飛び出してきた別の魔物に振り向きざまに掴みかかり、右足を両手で抱えてそのまま目の前の魔物へと投げつけた。空中で身を捩った乱入者は、魔物の顔面へと着地した。その勢いに押されて、魔物は体勢を崩して地面に倒れる。

 魔物が起き上がって首を振るその前に、駆け寄り、左足を全力で殴り付ける。鈍い轟音と共に骨が割れた音がし、魔物の左足が半ばから酷い角度に折れた。苦悶の表情で口を開き、喉の奥から絞り出すような低い悲鳴が上がる。


 半開きになり唇から零れ落ちそうな牙は気にも留めずに、魔物が無造作に突っ込んでくる。三本の足でも衰えることのない速度に呆れながら、左側へと滑り込んで右足を払った。

 が、後ろ足で立ち上がった魔物が嘲笑うようにその体を投げ出す。


 視界が一気に魔物の体で埋まり、続いて地響きのような衝撃。痛みに襲われたのはその次で、最後には肺から空気が抜けた苦しさが襲って来た。

 重みに体が思うように動かず、数瞬藻掻くも、腹の下に潰されたままでは立ち上がることすらできない。


 諦めて動きを止め、体を丸める。息を深く吸い込み、そのまま全身に力を入れた。

 少しの抵抗の後、魔物の体が傾き始める。と、急に魔物の体が持ち上がり、力を入れていた全身の感覚が狂い、体勢が崩れた。


 転びそうになるのを堪えて右足を踏み出し、そのまま駆け出す。もう一度体重を掛けようとしていた魔物の体が落ちてくるその瞬間に、右手を上に突き上げて、それを後方へと弾いた。

 左足を庇うように曲げている魔物は、一瞬ふらついた後、直ぐに体勢を整える。そのままその魔物が後ろへと一旦引くと、周囲で様子を見ていた魔物が一斉に迫ってきた。


 態勢を整えられる前に後を追おうと赤茶の魔物を追おうとするも、周囲の魔物の壁に阻まれて進めない。仕方なく、片端から魔物の顔面に拳を叩き付けた。

 揉み合いになりながら数匹の魔物を下し、先程の魔物を追い掛け始めるまでに数分。既に魔物は調子を戻したのか、左足も今では地に柔く付けられており、姿勢を低くしてこちらを伺っている。


 駆け出し、一直線に魔物へと迫る。怪我をしているとは思えない俊敏な動きで左へと跳んだ魔物は、一度蹈鞴たたらを踏んだ後にこちらへと跳び、そのまま口を開いたまま飛び掛かってきた。

 牙を避け、体を翻して胴体の方へと自身の体を滑り込ませる。そのまま後ろ足に飛び掛かり、その関節を逆向きに圧し折った。声にならない悲鳴を上げ、魔物はまた跳び上がろうとする。足に力が入るのが見え、その前にもう一つの足も払う。


 跳び上がることもなく崩れ落ちた魔物は、立ち上がろうと藻掻いて、痛みに耐えきれずに震えている。背中に飛び乗り、そのまま首筋の部分に両手を組んで振り下ろした。

 重い感触と共に、自らの手が魔物の肌へと沈み込む。そして首の骨が折れる音がして、魔物は数度痙攣した後動かなくなった。

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