第49話 食糧不足

 迷宮ダンジョンに潜り続けること早二日。流石に食事量が少なくなってきたので、そろそろ地表に戻って食料を確保してこようかと思っている。

 ただ、やはりここまで二日間で進んできた距離はかなり長い。普段は一つの迷宮ダンジョンに一日かけることも少なくなってきたことを考えると、それだけ通常ではない時間をかけていることになる。魔物一匹一匹の戦い辛さや、純粋な迷宮ダンジョンの広さによる進まなければいけない距離の長さが原因だった。確かに魔物の数自体も多いのだが、それがただの有象無象であれば特に問題はないはず。何せ入り口で戦った赤茶の魔物のような魔物は、一匹に対処するだけでも一時間近く取られることがある。それに加えて他の魔物も駆逐しなければいけないことを考えると、消費される時間は甚大だった。


 そんなことをつらつらと考えながら、目の前の魔物を殴り付ける。

 素手で戦っていたせいで、既に皮膚が僅かに裂けており、何度も何度も強く打ち付けているせいで骨の奥に若干の違和感があった。手に何か物を付けたところで、皮膚の強い魔物を殴り続けて居れば意味がなくなってくるため、プロテクターなどを買おうと思っても買えないというのが現状だった。そのせいで、手を守るものが皮膚以外に何もない。何度か試してみたことは有ったが、擦り切れていつの間にか行方不明になって御終おしまい、というのが常だったのだ。


 靴に関しても、今はもう何も履いていない。森の中を歩く際や岩場を歩く際にはなるべく何かを履いた方が良いという話は良く聞くが、足も戦闘で酷使するために脛から下には何もつけられないのだのだった。

 裸足に素手でリュックを背負って魔物と闘っているとは。一般探索者シーカーピーポーに見られたら凄い怒られそう。


 裸足の感触を感慨深く思いながら、飛び上がり、魔物へと踵を振り下ろす。地面へと酷い勢いで叩き付けられた魔物は、下半身が変な角度で上に向いたまま痙攣して動かなくなった。

 更に近くにいた魔物に駆け寄り、拳を振るって片付けて行く。この付近の魔物でなければ、魔物の防御力が弱い─────というか体組織が確りしていないので、殴った際に皮膚が裂けて血が噴き出し内容物が飛び散る等ということが起こるのだが、この場所ではそんな心配もない。体の汚れなど気にせず思う存分殴って良し、蹴って良し、投げ飛ばして良し。


 皮膚が固すぎるせいで食事にしようと処理するのが意味が分からない位に面倒だったりもするのだが。ナイフを突き立てようとして刃が欠けたのは良い思い出。

 え、今はどうしているのかって? 私の歯か爪で処理していますが何か問題でも?

 完全に外面が蛮族だが、そんな細かいことを気にしてたらこんな山奥じゃ生きて行けないのでね。山の中に住んでいる時点で蛮族だとかそういうことは触れてはいけない。


 右手を振りかぶって、そのまま魔物を殴打。重そうな体が数メートル吹き飛び、そのまま別の魔物へと突っ込む。次の魔物が飛び出してきて、それを右足を突き出していなし、体勢を整えて魔物を迎え撃つ。飛び込んできたソレの頭の下に潜り込み、足を掴んで折る。倒れた魔物の頭を両手で掴んで捻った。

 処分完了。


 休んでいる暇、更に言えば息をく暇がない。


 飛び込んでくる魔物の頭を避け、首筋に拳を叩き込む。

 と、後方から魔物。衝撃をモロに受け、体勢を崩しながらも両の足で地を踏みしめる。肩に牙が刺さるのを感じながら、頭があるであろう場所に向けて拳を放った。

 鈍い感触と共に、透明な体液が体の前方へと飛沫しぶきを上げる。どうやら瞳を貫いた様子。気持ちが悪いので真剣にやめてほしい。


 何か武器を使っている最中であれば良いのだが、自らの手だと感触が気持ちが悪い時がある。頭蓋などの固い部分を潰すときの感触はどちらかと言えば精神安定剤に近いのだが、柔い部分を殴り付けたところで爽快感はないし、何なら今回のように変な液体が付いて気分が悪くなることも多い。


 集団を逃れるために一旦走る。直ぐに目の前に柚餅子の姿が見えて来た。柚餅子も体を翻しながら、上手いこと一度に数匹を相手取るに留めて、危なげもなく魔物に対処している。実際調子は悪くないらしく、その周囲には首筋から噛み千切られたような跡の残る魔物の死骸が大量に斃れていた。

 いやぁ、やっぱり実践訓練を積んできたおかげですかね。


 柚餅子に近づき過ぎても互いに邪魔になるだけなので、少し距離を取った位置で留まる。

 後を追って来た魔物の頭を叩き潰す。次を蹴り飛ばし、次を組み伏せ、次の首を捻り上げ、次をオーソドックスに殴り付け。後を追う魔物の悉くを、足の速い順に地面へと叩き潰して行く。そうして繰り返すこと数十匹、遂に視界がクリアになった。


 一応は注意を払っていた柚餅子の方向を見てみると、丁度彼も最後の一匹を噛み殺すところだった。最後ということで余裕があるのか、一際体躯の大きい魔物────柚餅子の隣にいると幾分か小さく見える────を組み敷、その首筋に牙を突き立てている。

 そして前に進むよりも食欲が勝ったのか、遂にはその死骸を抱えて地面で食事を始めた。


 なんか俺も取りに戻るの面倒になってきた。最早生肉とかで良い気がしてくるよね、柚餅子がこんな美味しそうに食べてると。いや、食べないけど。

 あぁ、信じられんほど空腹。いやでもマジで戻りたくねぇ。どーしよ。


 取り敢えずリュックの中から肉の塩漬けを取り出し、口の中に含む。唾液に染みて広がる塩味に、少し空腹が紛らわされたような気がした。

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