第108話 爬虫類畜生

(佐藤淳介視点)



 さて野宿の後、翌朝になった訳ですが。さあ、やって参りました龍のお膝元、ということで。明らかに龍のリーチの中にいるというのは、ちょっと色々と怖くはあるんですが。ただ、案外近づいても気が付かれないものではあるらしい。単純にサイズの違いで何も気にされてない可能性はあるね。あの乱戦の中で攻撃してたのが俺ってことを知らない可能性もあるし。なにせ、龍がもし何も知らなかったら、彼にとってはただの一介の人間に過ぎないわけで。俺は実際戦ってみて歯が立ちそうだと思って近寄っている訳ですが。

 ……………完全なる思い上がりとかじゃなければいいけどね。ここまで来て攻撃通りませんでしたとかなったら、ムンクの叫びの顔を地で行く人間になれる気がする。


 ということで、こちらに先手が譲られているのだが、だからと言って何かしら有効な手が打てる訳ではない。龍の唯一攻撃が真面に通りそうな瞳の部分に関しては、身体の大きさ的な問題で届かないので。

 …………いや、頑張ってジャンプすれば届いたりするかもしれないけどね? ここでヘマでもしてぽっくり死ぬなんてことがあったら怖いから、変なチャレンジはしませんが。森で跳ね回ってて死にましたとか恥ずかしすぎて地獄にも行けない。


 てか、龍のご様子が凄いことになっているんですが。すべきことが無くなって完全に機能停止しているのか、生気のない瞳で真っ直ぐ前を見つめているだけで、微動だにせず突っ立っている。あれで魔力の回復でもしているのだろうか。

 あまりにも悄然とし過ぎていて、黒い鱗の間に走る金色の筋も曇っているようにすら見えた。


 いやね、我々の期待が高すぎたのはありますよ。なんてったって、どう頑張ったって手の届かない上位存在的なイメージ抱いていましたし。

 それも仕方のない話だとは思いますけどね。何せ、我々は飛べない中で、彼らは自由に大空を駆け回れる訳で。体躯の問題もあり、魔物にすら抗えないでいた私たちが、どのようにして龍を侮れようかという。


 何となく拍子抜けした感を味わいながらも、龍に近づこうと山場を登って行く。岩場の陰に身を潜めながら、音を立てないように忍び足で手早く前進していった。


 龍に手が届きそうな程に近づき、未だに龍が動かないことを確認しつつ、その足元へと視線を向ける。先程の戦いで攻撃した鱗があれば良いんですが、どうでしょう…………。

 うん、無さげだね。傷の治りが早いのはわたくしだけの特権ではなかったらしい。まぁ、俺の傷の治りについても、戦闘中に治るとかじゃないから、ただただ少し健康なだけの人間なんですけどね。これが戦闘中にも傷が治って行くとかだったら、もう少し思い切ったこともできるのだが。


 ということで、これからの見通しに話を戻すが、取り敢えずの作戦は、龍の足の指を一本切り落とすこと。足の指だけを見れば、人間の胴体の倍程度だけの太さだった。細い訳ではないが、頑張れば切り落とせないこともないだろう。

 ただ、目的は龍が地面では戦い難いような状況にすることだから、実際には怪我させるだけでも良かったりする。本当は足首辺りを切り落とせたら最高なのだが、流石にそこまでの膂力がある訳でもなく。

 加えて、足首を攻撃したとして、もし失敗したら何も残らない。足の指を狙った攻撃であれば、もし大きなダメージを与えられなかったとしても、いかに龍といえども地に降り立った時には足が直接的に岩場に触れるのだから、痛みで動きにくいなどのこともあるだろう。


 これで、龍には痛覚がありませんなんて言われたら御終おしまいだけどね。そこらの爬虫類と一緒にするなという話ではあるのだけれども、龍自体の外見は完全に彼らのお仲間さんなのでね。

 まぁ、何にせよ、影響を与えやすそうな部位から攻撃するのは悪い判断ではないだろう。


 では、うだうだしていないで早い所始めますか。時間を無駄にしても、私にとって良いことは何もないので。殊更に今回のお相手さんは龍ですからね。

 顔が草食系と言うか、魔物を捕まえて食すとかいうことができなそうな顔をしている。いや、腑抜けとかそういうことを言いたいわけではありませんよ? ただ何となく、そのですね、そこはかとない奥手感を感じさせるお顔立ちと言いますか。


 ともかく、初撃。


 てい、と心の中で適当に掛け声を掛けながら、渾身の一撃を放つ。硬質な音と共に、黒い鱗の一部が砕けて、四つほどに折れて、その一つが外れる。

 そこを狙って、手早く追撃を放った。龍の露となった部分に剣が刺さって行く。筋肉を断つ感触が連続的に手に伝わって来て、その直後に黒い血液が滲むように溢れ出して来た。剣に力を込め続けて、気合で剣の刃を突き通して行く。


 鈍い感触と共に、龍の指が分厚い皮を残して断ち切れる。


 龍が気が付いたのはその時だった。


 モノトーンだった瞳に火が灯り、こちらを蹴り飛ばそうと足を持ち上げる。必死で身を捩れば、轟音が横を通り抜けて行って、その風が全身に襲い掛かった。

 直ぐに駆け出し、岩場の起伏が激しくはない場所を選びつつ、龍から一旦距離を取る。


 龍は失った指にやっと気が付いたらしく、付け根からぶら下がるようにして揺れているそれを煩わしそうに見つめ、首を伸ばし、残っている皮を噛み千切って、咀嚼することもなく肉片を吐き捨てた。


 龍が顔を持ち上げてこちらを見据える。


 …………いやー、龍には痛覚がないんでしょうかねぇ。まぁ、爬虫類畜生だしそういうこともあるでしょう。

 もしかしたら痛覚はあるけど我慢してる可能性もあるのか。どちらにせよ頭が悪そうだということには違いないのですがね。

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