第45話 森の奥へと

 取り敢えず向こう数日は街の方へは戻らないつもりなので、取り敢えず回復薬ポーション関連は放置で。どうせ学校行かないし、時間はあるからね。特に急いで何かを準備する必要はないでしょう。それよりは先にしなければいけないことがありますので。


 ということで翌朝。完全に寝ぼけてそこら辺をふら付きながらほっつき歩いている柚餅子を小突き、目を覚まさせてから、出発の準備を始める。

 行き先は当然、この森の奥地。迷宮ダンジョンと言うのは基本的に放置されていた年数が長い程大きくなる。最初の一年しない間に急速に成長し、その後は緩やかにそのサイズを巨大化させて行くのだが、十年以上も成長を続けた迷宮ダンジョンともなるとその大きさもかなりのものになってくる。そしてそう言った迷宮ダンジョンと言うのは、それだけ大量の魔物が内部に放置されているお陰で、魔物自体の質も変わってくる。

 だから今回は、そういった森の奥にある迷宮ダンジョンへと潜って行こうという訳でして。


 人と遭遇したくないという思いもあるが、やはり柚餅子を含め自分ももう少し経験を積みたいというのが主な理由だ。この付近の迷宮ダンジョンであれば特に問題なく制圧できるようになり、このまま同じことを続けて行くのではあまり張り合いがない。漫然と習慣を繰り返すよりも、何か新しいことに挑戦してみるべきだろう。

 …………いや別に私はバトルジャンキーじゃないですけどね。魔物と闘うのが楽しいとかそんなこと全くもって思ってないです。最近魔物と血で血を洗うような争いをしてないとかそんなこと。えぇ。


 朝食として以前よりも格段にアップグレードした食事を摂りながら、リュックの中にハンドタオルやら飲み物やらを詰め込む。以前使っていた腰に掛けるタイプのバッグと同じメーカーが出しているものだ。ハイキング用の中で一番容量が小さい物を買って来たので、動く際に何か弊害がある訳ではない。アウトドア系のメーカーなので、吸湿性なんかも完璧。以前の腰付けのバッグに比べると入れられる物の量は段違いで、かなり有難かった。

 昼食として持って行くのは、朝食と同じサンドイッチだ。軽く焼いた食パンの間に塩胡椒をした鹿肉とレタスを挟み、それにラップを巻き付けて小さな弁当箱の中に入れ、そしてリュックの中に放り込む。弁当箱に入れているのは、以前戦闘中に自分の肘でコンビニ飯を潰した失敗から学んでの事だ。シャレオツ要員で売っていたコンテナ型の弁当がかなり丈夫に見えたので、今はそれを使っている。


 準備が終わったので、人感センサーに挨拶をしてから部屋を出る。昨日の夕方に一度反応されてから柚餅子はセンサーの音が怖いようで、今はスイッチを落としてある彼らを前にして肩を驚かせながら歩いていた。

 柚餅子の背中に乗り込む。相変わらず体毛が馬鹿みたいに固いが、それもご愛敬だ。


 柚餅子は駆け出して、直ぐに迷宮ダンジョンの洞穴を飛び出す。右へと体重を移せば柚餅子は指示通りに其方へと進んで行った。

 街から離れた方へ。自分たちの知らない世界が待っている。







 数十分進み続けて、柚餅子に止まるように合図をする。いかに柚餅子の足が速いと言っても、数十分で進めるのは高が十数キロなのだが、それだけで森の様子は随分と変わってきていた。まず第一に、人の手が入っていないお陰で森の濃さが尋常ではない。日中だというのに日の光は殆ど地面まで通っておらず、そのお陰で体感気温も随分低く感じる。

 魔物との遭遇率も変わってきていて、大抵が柚餅子を見ては引き返して行くのだが、この付近に来て一気に遭遇する数が増えて来た。その内の数匹は命知らずだったようで、柚餅子の前に飛び込んでは足で蹴飛ばされて終わっている。流石にその一撃で命を奪えるわけではないが、一つ大きく蹴り飛ばされた後に全速力の柚餅子に追いつくというのは並大抵の魔物にできることではなかった。


 柚餅子の背中から飛び降り、眼下の景色を眺める。


 目の前に広がっているのは、自分の知っている最大のものの二倍以上ある大きさの入り口を持った迷宮ダンジョンだった。感嘆、という程でもないが、やはりこうして目の前にすると圧倒感がある。


 迫って来た魔物を叩き潰す。


 この規模になっても、迷宮ダンジョンの周囲が魔物で囲まれているという状況は変わらないらしい。こちらを見るなり飛び掛かってくる魔物等だが、見回しただけでも数十匹はいた。しかしその数に比べて、魔物の大きさ自体は街近郊と何ら変わりがない。

 確かに、ここを見ただけでは魔物同士で戦っている感じは見えないし、魔物の死骸の残骸が大量に溢れ返っている訳でもないけれどもが。


 食事をし始めたあたりから柚餅子の大きさが格段に増えたせいで、食事という概念を覚えた魔物が成長して行くものだと思っていたのだが、違うのだろうか。ここまで大量の魔物が居るのであれば、共食いが始まっていてもおかしくないような気がするのだが。

 そもそも一匹一匹の見た目が異なる魔物に対して共食いという言葉が相応しいかどうかさえ分からないが。


 ま、いっか。そんなこと考えたってしゃーないし。


 思考を放棄して、近くにいた魔物へと駆け寄る。柚餅子は柚餅子で違う獲物を探して襲い掛かった。鉄パイプを振り下ろせば、手の下で魔物の潰れる感触がする。


 戦闘さつりく。久しぶりの。

 折角だから存分に楽しもうじゃないの。

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