第46話 最近の様子

 本格的に街から離れた場所で活動するようになってから、早くも十数か月が経とうとしていた。少し前に高校は卒業したのだが、結局最後の一年は少しも学校に行かなかったので感慨もなにもなく。ただ良く知らない人たちに囲まれて良く分からない式典に参加しただけ。卒業試験に関しては適当に受けても受かったので良し。別に高校卒業の証明とか使わない仕事に就くつもりだったからあんまり気にしてなかったけど、何か別のことをすることになったときに無いと困るからね。無事卒業できてよかった。


 この間に変わったことは色々ある。まずは柚餅子さんのサイズ。二メートル近くになってからは成長の速度が緩慢になっていたのだが、活動場所をこちらに変えた時に一度急成長し、今では高さだけでも俺の身長を軽く越えている。頭の先端から尻尾までの長さで見れば、四メートル近い。迷宮ダンジョンによっては中に入って動きにくいこともあり、体が大きくなったからと言って便利になった訳ではないのだが。柚餅子を連れて街中に戻るようなことは出来なくなったし。


 後ですね。家を作りました。


 いやね、何言ってんのこいつって言いたい気持ちは分かるよ? 俺も深く考えないまま見切り発車で作り出して、面倒過ぎて途中で二回位投げ出したし。父親に諭されて続き作ったけど。

 街から離れて行くにしたがって迷宮ダンジョンが大きくなって行くわけだが、家を建てた場所は今活動している場所の一歩手前の場所だった。大量に生成されている迷宮ダンジョンの中にも小さなものがいくつかあり、その内の一つを見繕ってその奥に家を作ってある。

 守る方向が一つだけだから防衛上も完璧で、小さい迷宮ダンジョンを選んだお陰で他の魔物に脅えずに過ごしていられる。最近では柚餅子も含めてあの辺りの魔物に対して命の危機に晒されるといいうこともなくなってきたので、割と気を抜いて過ごすことが出来る場所だ。ここに来る際に中継地として使用するもよし、もし野宿が嫌であればその家に戻って夜を明かすでも良し。

 流石にこの遠距離に通うとなると、どこかに拠点らしきものが欲しくなるのは確かだからね。最初の頃に作ったあの大部屋の中の部屋も、偶に中継地として使うことがある。最近では柚餅子さんの体力が意味わからん感じになってきたので、特別に休憩する必要が無ければここまで一日で来てしまうのだが。


 でだ、父親に諭されたと言ったのは、父親がこちら側にどうしても来たかったらしいためだ。というのも、やけに拠点を作るのを推してくるなと思ったら、完成した矢先に「連れてって、連れてって」と幼児顔負けの駄々を捏ね始めた。二人暮らしでの生活から、更に自分が帰らなくなったことを恨んで、どげんかせんといかん、ということで動き出した結果があの痴態。息子として恥ずかしいよ私は。

 まぁ、そんな父親を連れて来た自分も自分なのだが。


 ともかく、人感センサーありで、柚餅子か俺が居れば、あの奥底の家に父親をぶち込んでおけば特に問題はないでしょうということで。柚餅子の体もかなり大きくなったから、スピードを落とせば父親も十分乗れるはずだし、途中で魔物に遭遇したら柚餅子が父親を乗せた状態で俺が戦えば良いし。

 ということで連れて来た父親、何か色々気になることはいろいろあったけど、初めて魔物と遭遇して、魔物のスプラッタを見て凄い楽しそうにしているのはどうして? さてはお前真面な人間ではないな?


 そんな父親訪問も一週間程度で終わり、今は特に深く考えないで仕事をしている。といっても、結局は迷宮ダンジョンの場所を報告しなければならず、自分が普段いる場所が露見するというのも少し嫌なので、報告しに行く迷宮ダンジョンというのは専ら街の近くのものだ。

 そしてどうやら最近迷宮ダンジョン関連の法が変わったようで、前に言っていた支援を受けるためには少し頻度を上げて活動しなければ行かず、しかし一つ一つの迷宮ダンジョンから得られる達成報酬は増えた。何を考えているのか少し良く分からないが、法は法だし報酬は増えるし自分のやることは大して変わらないので、割とどうだって良かったり。


 そして一番の大きな変化である、私の体。

 別に体格がデカくなったとか、銀髪になったとかそういうファンタジー的な変化ではない。髪は切るのが面倒で後ろで纏めてるけど。自宅カットどころか迷宮ダンジョン洞窟暗闇カットだから髪先の長さ死ぬ程バラバラだけど。


 それはともかく、実は筋肉が付いて来た。


 いやぁ、ここまでが長かった。最近は時間が意味わからないぐらい余っているので、インターネットも繋がらないこの森の中で、することと言えば専ら体力トレーニングか筋トレかヤケクソ迷宮ダンジョンダイブだ。その長い努力が報われて、やっと体表の付近に筋肉が付いて来た。元々太りにくい体質を父親から受け継いでいるので、腹筋の辺りはそれなりに見られるようになっている。何せ前は骨に皮みたいな感じだった訳で。

 その分、と言っては何だが、筋力も上がってきた。つまりは、最早鉄パイプが役に立ってくれない。最近握力でパイプ潰せたときはビックリしたよね。中空じゃないしそれはもうパイプじゃねえよ、の方も握り潰せたし。加えて最近柚餅子とじゃれ合ってばかりだから、同じテンションで人に向かっていったら人死にが出るような気がしなくもない。気のせいだって信じたいけどね。割と切実に。

 ま、関りのある人間が父親程度しかいないから誰かを傷つけることなんてないんですけど。


 とまぁ、こんな感じが最近の様子。結構お金は入って来ているみたいで最初の頃に父親が凄い顔しながら危ないバイトしてないか聞いて来たし、生活として困っていることはない。

 ただやはり筋肉が付いて来たことが一番嬉しい。憧れの探索者シーカーイケオジに近づいていると思うとね。


 当分の目標は、この生活を維持することかな。買い出しは面倒だけど、父親以外の人と関わらなくて済むのはここだけだし。しかもここなら、周囲の目がないってだけで好き勝手出来るからね。別に奇声を上げながら森の中を走っていても、それを見て怪訝な顔をする人間はいないわけだし。

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