第79話 巻き起こされた旋風

 都会の密集した住宅の一つ、そこでは四人家族が食卓を囲んでいた。話題の無さに静まり返る食卓を誤魔化すように、少し離れた場所ではテレビが漫然と付けられている。

 貧相な食事を前にして元気なのは子供のみで、両親は共に子供二人の痩せ型の体型を見ては悲し気に目を細めた。


『ごく最近活動を始めたということでしたが、リゲイナーズの皆さんの活躍には目を見張るものが有りますね。ということで本日は、彼らリゲイナーズの皆さんの特集をしていきたいと思います。本日のゲストは、コメンテイターの───………』


 テレビの画面をニコニコと笑みを浮かべながら見ていた下の子───長男が、リゲイナーズの名を聞いて嬉しそうに箸を持ち上げて歓声を上げる。まだ年端も行かない少年で、この厳しい世の中しか知らない、気遣いの出来る殊勝な子だった。


「リゲイナーズ、凄いカッコいいんだよ。学校でも皆で動画見るんだけど、魔物がたくさんいるのに凄いやっつけてって!」

「へぇ、噂には良く聞くけど、翔太でも何かしかの映像が見られるのか?」

「そう、スマホで調べれば出て来るよ。でも、コウカイサクセンはあんまりしてないから、同じ動画何回も見ることになるけど…………」


 少年は、少し残念そうに付け足した。その舌足らずな「コウカイサクセン」の言い方が可愛らしくて、母親は思わず少年の頭を撫でる。

 何をしても救われないような気がする現状では、彼ら両親にとって、子供の笑顔だけが生きる糧だった。


 父親が「でも、カッコいいと何回見ても楽しいだろ?」と唇の端をわざとらしく吊り上げて問えば、少年はまたすぐに笑顔になって大きく頷く。


「モトジさんが凄いカッコよくて、いつもサングラスしてるんだけど、武器構えた時に、それが光るの。だから友達と皆でそれ真似しようって言って、前ノートで作って、それでネームペンで真っ黒にして、前見えないから湊くんが転んじゃって。ちょっと面白かった」


 一息に話した少年が、湊という友人が転んだシーンを真似しようとして、コップに手をぶつける。母親がそれを支えて、少年が箸を振り回さないよう優しく示した。


「わたしも、沙良さらさんが好き」


 と、先程まで一生懸命にご飯を口に詰め込んでいた娘が、それを呑み込んでから口を開く。弟の二歳年上で、最近では「お母さん」の真似事に嵌って、よく母親の後を着いて行っては同じことをさせるようせびるようになった子だ。

 賢い子だから、両親が大変だということを良く分かっているのだろう。父親はそんなことを思う。弟の無邪気な溌剌さとは対照的に、少女は健気に大人しい、大人らしい子供だった。


「沙良さんっていうのは、この女の人?」


 母親が丁度テレビに映った四人の映像の中で、唯一いる女性を指さした。年若く、明るい印象を受ける力強そうな女性だった。短い髪を後ろで纏めており、会話中に良く頷くせいで、頭の後ろで頭髪の塊が常に揺れ動いている。

 インタビューから、場面が切り替わる。戦闘中の映像だが、魔物の死体部分は綺麗に隠されていて、映像として一般に流せるようになっていた。その中で、女性は視線を鋭くして前を見据えている。話している時の朗らかな印象とは打って変わって、格好良い女性という印象を与える姿だった。


「そう。いつも落ち着いてて、姐御肌?………なんだって。遼河りょうがさんが言ってた。私も沙良さんみたいになりたい」


 普段は落ち着いている少女だが、珍しく瞳を輝かせて語り始めた。それに少年がまた何かを言い、二人で競うように同じ話を始める。どちらの方が格好良いなどと自慢し合っている内に、テレビの特集は終わってしまった。

 未だに会話が途切れる様子のない子供二人を見て、両親は顔を見合わせる。そして少し笑った後、また子供たちの様子を眺め始めた。


 日々生きて行くのに必死な大人二人にとって、ニュースに耳を傾け続けることは難しい。精神的疲労も相まって、例えテレビを前にしていても内容が上手く入って来ないことが殆どだった。

 今の時代、誰もがそうだった。魔物が現実的な脅威として身に迫っている訳ではなくとも、物資不足や食料不足で生活が厳しいことには変わりはない。だから、子供たちがこうして楽しそうに話している内容には、着いて行けないことが多い。それでいいとは思っていなかった。ただ、そうするだけの余裕がないだけ。

 もう少しは確認するようにしてみるか、と父親は心の中で呟く。


『………───と、ここで速報ですね。リゲイナーズの皆さんから発表がある、とのことで。えー、少し待ってください。…………はい、えぇ、今ライブで放送しているものが、テレビ放送の許可が下りているらしいので、今そちらに繋ぎますね。少々お待ちください』


 パっと画面が切り替わる。新しい映像の中では、先程の四人がプロテクターに身を包み、頭だけを露出させた状態で立っていた。

 先程まで攻略作戦でもしていたのか、場所は外で、若干日が暮れ始めた夕暮れの下、大型のバンんのような車の前で武器を腰に提げている。


『…………あー、聞こえてますかね。多分これでテレビ局の方にも繋がせていただいたと思うので、大丈夫だと思うのですが』


 話始めたのは、闊達そうな青年だった。

 父親が息子に名前を聞けば、ハジメというらしい。


『重大発表と称するのは少し仰々しすぎるような気もするのですが、えー、今から三か月後にですね、大規模に迷宮ダンジョンを攻略する計画を立てています。一般の皆様方には、その日に向けた協力と、そして応援の方をお願いしたく思っています。そして諸企業の皆様には多大な協力を仰がせていただくこともあるかと思いますので、こうしてご連絡させていただいた次第です。えー、ということで、その日にはライブ配信も予定しておりますので、皆様是非ご覧ください』


 その後色々と話していたが、十分にも満たないあっさりとした発表で、その速報は幕を閉じた。何事もなかったかのようにまた再開された番組をBGMにしながら、父親は少年へと視線を向ける。


「大規模って、どのくらいだ?」

「普段は迷宮ダンジョン一つか二つだから、それがたくさんになるんじゃないかな。でも、二週間に一回ぐらい普段から配信してるのに、三か月前にこうやって言ってるってことは、もっと凄いのかも」


 父親は「そうか、ありがとな」とだけ返事をして、またテレビにへと視線を向ける。

 今までは遠い世界のように思えていたキャスターたちの笑顔が、今ではやけに身近に感じる。もしかしたら、この苦しみも終わりに近づいているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る