第80話 会議
時は少し遡る。開けた会議室の中で、会議は紛糾していた。
沈黙を守る曽根林太郎に対して、その周囲に座る者達は、彼の顔を伺いつつも自らの意見を順々に述べて行く。誰もが、彼に意見を聞きたい思いを胸の内に抱えながら、それでいて永遠に彼にばかり寄り掛かってはいられないという自制の念もあり、もどかしいような苦々しいような感情を抱いている。
「…………───やはりここで躊躇っているべきではないだろう?」
「いや、今こそ力を蓄えるときではないのか。今と同じだけの好奇が未来に訪れると誰が確証を持てる?」
「そうして躊躇ってゆく内にその好機を逃してしまうこともあるだろう? 何かもっとシステム的な制度を考えた方が良いのではないだろうか。基準があった方が行動しやすいということもあろう」
「誰がそれを決める? どうそれを定める? いつその基準が破られるかはどう決めればよい? そう簡単に整ったシステムを作成することは出来ないだろうに。現状で気にしなければならないのは、今何をするかだ。この先の事を考慮している暇はないだろう」
「そんな暴論が通ずると思っているのか? 今は今はと言って過ぎたる決断をしてしまえば国民の命が失われかねないのだというのに」
会議は踊る。されど進まず。
これは過去の偉人の言葉だが、得てして、それ以外にこの状況を表す言葉がないようにも思えた。誰もが一つの結末を祈っていることには間違いない。しかしだからと言って、そう簡単に結論が纏まるわけではなかった。会議に参加する者は、踊っている。踊ってはいるのだが。
主役だというのに口を噤んでいるのは、何も賢君に限ったことではなかった。賢君の反対側の席に四人並べて座らせられた彼ら────年若さ故か、この場にあまり馴染んでいないように見えるリゲイナーズの面々だ。こうした大きな会議に場慣れしていないせいで、四人共々緊張に口端を引き締めていた。
しかし、彼らの消極的な様子に反して、この会議の発端は、偏にリゲイナーズの著しい活躍だった。
既に活動を始めて半年以上が経つが、彼らの活躍は言うまでもなく迅速だ。昨日よりも今日、今日よりも明日。彼らの名は時を経るごとに広がって行き、それに応じて彼ら自身の勢いも加速して行く。今では街のどこを歩いても、彼らの名を聞かない日はなかった。
勿論、彼らは、ただ名が広まっただけではない。それだけの名声に見合う実力を身に着け、実績を残している。彼らが活動を更に精力的なものにしてからは、目に見えて居住地域の奪還が進んでいた。少し前までは、魔物に奪われて行く土地を指を咥えて見ているだけしかできなかったというのに。
しかしだからこそ、それだけでは足りないという思いも出て来る。たった四人の活躍で、全ての人が救えるわけではない。守らなければならない人々はこの首都圏だけではなく、まだ二、三の都市が残っている。突き崩さなければならない敵の数は甚大で、押し広げなければならない自分たちの居場所は狭い。
何か、更に世の雰囲気を変えるものを生み出さなければならない。そんな空気感が、そこかしこに広がっていた。ただ国民が
それ故に今回話題に上がっていたのが、大規模な公開作戦についてだった。勿論四人を主軸にした作戦ではあるが、彼らだけではなく、世の
「我々がどれほど断腸の思いで今まで耐えて来たか、それが分からない貴方方ではないでしょう!? 私たちは今まで、この時を待っていたのだと」
「だからこそ慎重になるべきなのだろう? 上手く行きすぎているときほど気は引き締めたほうが良いのだから」
「そのせいで今も数多くの国民の命が失われているのが分からないのか。今すぐに行動を起こすべきだろう! 我々がこうして会議に時間を費やしている間にも、国民の生活は危機に瀕しているではないか!」
会議室内の誰もの感情が昂っている。言葉は次第に熱を帯びてきて、今にも立ち上がらんとする者達が増えて来た。誰かが言った言葉に更に反論が投げかけられ、最早収集のつかない様相に陥っている。
長きに渡る人類の危機で、話し合わなければならぬ事態は過去にも多く有った。しかしそれでも、今日ほどに熱を帯びた話し合いになったことはなかった。
と、事態を一歩引いて見守っていた老人が片手を上げた。勢いに乗っていて最初は気が付かなかった参加者たちも、次第に互いに耳打ちし合って、段々と会議室内が静まって行く。
「
ゆったりと話し始めた賢君は、一旦そこで息を継ぐ。先ほどまでは過熱していた面々も、今になっては冷静さを取り戻したようで、彼の言葉に静かに耳を傾けていた。
彼らとて、正解が容易に出る問題ではないことは分かっていた。そして、意固地になればなるほど会議が纏まらないものだと、分かってはいたのだった。
「どちらに転んでも良いなどと軽率な決め方をするわけではないが、こればかりは現場にいる者達に聞くのが良かろうな。我々ではどうしても見切れないものが有る」
そう続けた曽根林太郎は、どうかと問わんばかりの視線で、リゲイナーズの四人を見つめる。それに応じて会議室全体の視線が彼らに集まった。
「私は、行うべきだと思っています」
急に視線を浴びて身を固くする中で、一番最初に口を開いたのは遼河だった。話し始めたことで整理が付いたのか、視線を一度下げ、再度上げた時には意を決した表情をしていた。
「私は、過去に魔物の侵攻で両親を亡くしました。今は弟と二人で都内で暮らしています。だからと言って、私怨でこの作戦を推すわけではありません。…………今の日本には、私のように、身近な者を喪った者が数多くいます。愛する者を、抗うことすらもできない理不尽な存在に奪われる悲しみは、私が一番分かっています。少なくともこの四人の中では。…………だからこそ、自分のような者を増やしたくはありません」
真っ直ぐと見据えられて、会議室内の者達が背筋を伸ばす。
リゲイナーズという、市民の安全を守る最前線にいる存在でありながら、守られている者達が知り得る悲しみを、良く理解している人間の言葉だ。彼らが守らなければならない存在。それは明確だった。
「他の三人はどうかね」
曽根がそう問えば、「私も同じ意見です」と三人が口を揃えて言う。遼河の悲しみを身近で一番知っているのは、彼ら三人だった。
悲劇は、これ以上看過できるものではない。彼らのその覚悟を支えているのも、遼河自身の悲劇が大きな役割を担っていた。
かくして、大規模攻勢が決定したのだった。
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