第81話 旅行編 一

 予定外の挿話。本編にあまり関係なし。


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 ということで、突然なのだが。


「旅行に行きましょう」

「凄い急だけど、なぜ?」

「なんとなく」


 まぁ、折角キャンプ道具も買ったし。最近この拠点からあんまり離れないで生活してるし、何なら子犬さんにも外の世界体験させてあげたいし。

 とまぁ色々と言い訳はあるが、実際の所特に理由はなく。することがなくなったから一旦出かけてみようと思っただけだったりする。


 それと実は、子犬の名前もつい先ほど決まった。彼の名前は豆腐。

 悩んだ割にそれかよとは思わなくもないものの、ことネーミングセンスに関しては私は何も言えないのでね。「良いじゃん」という言葉以外は呑み込んで口を閉ざしました。微妙な反応ではあったらしく、盛大に拗ねられたが。まぁ、それはご愛敬ということで。


「目的地はー?」

「森の方」

「いや、私たち森の中にいるじゃないですか。それをどこに行くのかって聞きたいんですけど」

「………森の奥の方」


 じゃあ準備しましょうか。別に日和さんのジト目を避けてるわけじゃないですけどね? ちょっと早く準備したいなー、というか、何というか。


 今回纏める荷物は、前述のキャンプ道具たちを筆頭に、最近では色々と揃って来たアウトドアグッズの諸々です。最近では専ら存在感を薄くしている人感センサーさんをリュックの中に入れ、数日分の食料を揃えてボックスの中へ。それを柚餅子の背中に括りつける。

 衣服類も持ち、食器類、飲み物類を種々容器に入れてそれも柚餅子の背中へ。何をどれだけ用意しても運べると思うとそれだけで随分と違いますね、やはり。これで柚餅子やら胡麻やら餃子やらの協力がなかったらと思うと、この場所を少しの間ですら離れる気にならない。


「ん、淳介は走るの?」


 長らく走っていなかったので、久方ぶりにランニングをしようと思い色々と準備をしていると、後ろから日和が覗き込んできた。


「俺の場所は豆腐さんが座るし。久しぶりに運動しようかなと思って」

「へえ」


 とても興味がなさそうな返事。貴女が聞いたんでしょうな。


「………私のことって運べたりするの?」

「流石に荷物を持ちながら走るのは厳しい」

「私のこと荷物って呼ばないでくださいます?」

「あ、ハイ。ごめんなさい」


 まぁ、日和は凄い軽そうだし。運ぼうと思えば全然運べますけど。久しぶりに走るって言うのに慣れないことをして怪我でもさせたら困りますし。


「でも、実際私を運ぶぐらい訳もない気がするけど」

「………いや、運べますけどね?」

「じゃちょっとやってみてよ」


 助けを求めようと柚餅子を見れば、凄い申し訳なさそうな顔で視線を逸らされた。ねぇ。あなたの仕事ですよ。この人のことを運ぶのは。

 仕方ないので背負おうとしたら、どうやら違う持ち方をご所望の様子。しょうがないので肩に担ぎ上げて右手で支える。………凄い抗議された。そんなに背中を叩かれると痛いんですが。


 お姫様抱っこなぞ、走りにくいことこの上ないことは明白だと思うのだが。そこら辺はどうお考えですかね。


 荷物の用意が終わったので、日和を抱えて走り始める。自分の前を、背中に豆腐を乗せた柚餅子が走っており、その横を羊羹が走っている。餃子と胡麻は後ろ。

 どうやら魔物達も気を遣っているらしく、普段より走る速度はかなり遅い。ただそれでも、手の中にいる人を揺らさないようにしようと思うと、この速度でさえも少し大変だった。


 ただ、まぁ、日和さんは凄いご満悦なので良いんですけどね。一応気を遣ってるとはいえ、かなり揺れるでしょうに。よく耐えられるものだ。

 それと、あの、手の中で動き回るの止めてもらって良いですかね。ちょっと落ちそうで怖いんですけど。


 そのまま三十分ほど走り続けて、流石に体力消耗が激しかったので休憩を取った。大した距離も進んでいないというのに、想像以上に疲労がある。人を抱えて変な走り方をしたせいなのか、それとも純粋に自分の体力が落ちただけなのか。前者だとは信じたいが。


 木の幹に寄り掛かりながら飲み物を飲み、休んでいると、後ろの方から豆腐が転がって来た。その後ろを日和が追いかけている。そして更にその後ろを柚餅子がわたわたと着いて行く。

 喜劇かな?


「楽しそうですね」

「まぁ、楽しいからね」

「それは何よりだけど、わたくし凄い疲れているんですが」

「え、ごめん」

「………いや、別にそういう訳じゃないんですけど」


 そこで普通に謝られると言葉に詰まるじゃないですか。別に文句を言いたかった訳じゃないというか、何と言うか。最近この人と話していると言葉の調子が狂うんですがこれは如何に。

 …………まぁ完全に、長いこと人と話してなかったとが弊害になっているのだけれどもが。何せ常に独り言で生活していたものでね。自分の言葉に予想外の返事が帰って来ると困るのですよ。


 隣に日和が座ってくる。


「………やっぱり杏仁豆腐のほうが良かったかな」


 知らんがな。

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