第114話 喉
明らかにここ数日間と比べて気合の入りようが違う龍に対して幽かな苛立ちを覚えつつ、一旦距離を取る。
攻撃を受け過ぎたせいで体にダメージが蓄積していた。全身に倦怠感があるようにさえ感じる。
上空は腹立たしいほどの晴天で、風も穏やかな春風程度。こんなに心地の良い天気ならば、上から大怪獣
ここまで結構長い間森の中に籠ってたせいで、感覚が色々と狂ってきたような気がする。本当に人間界に戻れるかどうか不安になって来た。…………まぁ、別に今までも森の中で暮らしてたって言っちゃあそうなんだけどね? やっぱり周りに誰かがいるかどうかって結構大事じゃんか。
こちらを静観している龍に視線を戻す。
巨大な体躯、黒い鱗、その隙間を縫うように走る金色の筋。心臓の拍動のように、その金色は脈打っている。
唐突に口を開いた龍は、そのまま喉の奥から炎を吐きだす。意味のない行動だと分かっていても尚、何故か龍は繰り返すことを止めない。
炎を止めて、先程と同じように剣を生成する。
龍はその間に急速に距離を詰めてきていた。その前脚を剣で弾く。空中で体を翻して、龍は翼でバランスを取る。
地面を強く蹴り、その翼の付け根に剣を叩き付けた。鈍い音が響いて、龍は殴られた方の肩口を下げるようにして姿勢を低くし、一歩
地面を蹴り、更に龍の右隣りへと跳んだ。それと同時に、龍の喉に突き刺さった炎の剣を元の炎へと戻した。
重い爆発音と共に、赤橙色の炎が急激に膨れ上がる。
迫り来る熱波を掻い潜るようにして、さらに龍の足元へと跳んだ。幾ら長引かせても、魔物である龍に対して長期戦で勝ち目はない。短期決戦として勝敗を付けられる内に体力を削り切って起きたかった。
右足を切り落とし、更に、飛び上がって先程攻撃した翼を更に切る。半ばまで切断された翼を庇うようにして龍は、素早く後ろへと下がった。見えていなかったのかそのままの勢いで背後の崖に激突して、地が震える。
炎の晴れた龍の首元は大きく穴が開いていた、その奥から、炎がチロチロと閃いている。
逃げ場のない龍に向かって、更に歩を進める。片足で尚逃げようとする龍の、もう片方の腿に剣を振り下ろした。
態勢を崩した龍の巨体から逃げるようにして、一瞬だけ距離を取り、そしてまた詰める。
完全に両脚が役に立たなくなった龍は、それでもなお翼を振り回していた。此方を見るなり炎を吐き出そうとしたのか、穴の開いた喉笛から炎が湧き出て、顔面の辺りが炎で
先に攻撃した翼を、切り落とす。そのままの勢いで龍の首元へと跳び、その頭を刎ねた。
龍の頭部が、綺麗に弧を描いて宙を舞う。それでも、龍の体は動き続けていた。
死に体の龍に、剣を叩き込んで行く。今までの様子を見ている限りでは、此奴はそんな簡単に死ぬようなものではない。変なところで気を抜くのは不味い。
脚を根元から切り落とし、翼を切り落とし、腹を掻き割いて、更に首を切り刻む。タールのように黒く粘性のある龍の血液が、周囲を染めて、異様な光景を作り出す。
数分して、満足して惨状を眺めれば、龍の死体は確かに動きを止めていた。どこかが痙攣している様子も、また動き出しそうな様子もない。
やっと、長きに渡る戦いが終わった。
さぁ、ということで始まりました、ドラゴンクッキング!
いやぁ、ずっと思ってたんだよね。この巨体はBBQ何年分でしょうね、と。やっと実践できる日が来たということで。いやだって龍の肉でっせ? しかもこの巨体。食べてみるっきゃないっしょ。
私ずっと何も食べてなくて食に飢えてるんですぅ。運動のし過ぎで体力回復しなきゃいけないんですぅ。
…………え、そんな血液が黒いような得体のしれない化け物を口にするなと!? 毒塗れのフグを美味しく頂いちゃってる日本人がそんなけったいなことを言う訳がないですよね!? まさか、まさかね?
それでは始めましょう。まずは、一食分として丁度良さそうなサイズに龍のお肉を切り分けるところから。お勧めは、ブロックサイズで噛んだときに良い感じにテンションが上がる感じです。切り分けたものがこちらです。
ここで塩コショウで味付けをしていきたいのですが、そんなものは存在しません。よって、無味です。無味の肉です。
そして、こちら御覧ください。肉が焼けそうな火。龍の頭部から微妙に噴き出ていた炎を火種にして、適当に周囲の木から薪を取って来て、そして現在良い感じに燃えております。
剣で削って串状にした木の枝に、贅沢にも拳大の肉をぶっ刺します。そしてそれを囲炉裏の横に添えましてですね。…………いや、デカすぎると火の通りが面倒そうだな。
ま、生でも良いか別に。死にはしないでしょ恐らく。きっと。
十数分待ち、良い感じに焼け始めた龍の肉を口の中に放り込む。味が付いていないのがあまりにも難点だが、久しぶりの食事はそれだけで嬉しかった。
本当はここにハーブを添えてですねぇ、グリルでじっくりと焼くと良い感じになるんですけどねぇ。そしてそれを白米に乗せて、こう、ね………。
いや、考えるのは止めよう。変な妄想しながら無味の肉を食べるのはあまりにもひもじいが過ぎる。
…………それにしても長い戦いだった。本当に。ここからも長いんですけどね。色々としなければならないことがある訳で。今は取り敢えず忘れようと思ってるけど。
今は思考を放棄して、疲労に支配された全身で、無言で肉を貪り続けた。
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