第53話 そうだ。都会、行こう。
さて、今日はですね。久しぶりに、というのもあれですが、都会の方へと行こうかと思っていまして。
というのも、少し前に帰郷してきた例の姉だが、その姉に誘われて彼女の住んでいる都市部の方へと行ってみましょうということになったのだ。
そしてこの間、柚餅子さんは御仕事があるので森の中でお留守番。そして拠点の荷物は小さな部屋に全て押し込んで、入り口を岩で隠して苔で隠してと色々と対応してきた。ちなみに父親は用事があるだか何だかということで今回は同行しない。
一人旅など一度もしたことがないが、これも良い機会だろう。
ということで、現在一人で電車に揺られている最中でございまして。
例の賢君総理大臣が「輸送を途切れさせてはいけない」と必死に守っているものの一つであるこの鉄道、如何せん維持費用が阿保みたいにかかるせいで金銭的な負担が大きい。が、現在私はある意味億り人のようなものなので。
億とかそこまで稼いでる訳じゃないけど。
それにしても、ここまで
窓の外側で、薄く引き伸ばされた景色が後ろへ後ろへと競うように過ぎ去って行く。四角い機械の中に閉じ込められて風は感じない筈なのに、何か柔らかいものが窓を覗き込む顔を撫ぜる感触がするような気がして、思わず頬を緩めた。
肘を窓枠について、少しも動かないでいるせいで、体の下に鎮座する座席が段々とその温度を上げてきて、それに応じて仄かな眠気が瞼を襲う。
静かに目を閉じる。自分の睡眠の必要性が減ってきている今、こうして穏やかな眠りに就くのは久しぶりな気がした。
完全に眠り切らない頭の中で、ぼんやりと白昼夢のようなものを見ながら、電車が目的地へと辿り着くのを待った。
さて、危なく駅を寝過ごしそうになったものの無事に目的の場所で降りられたということで。
いやぁ、にしても都会ですね。
普段自分が見ている建物の中で一番大きなものは、自分の通っていた学校だ。最近では特に自宅に戻ることすら珍しくなったので、巨大な建造物を見る機会が格段に減っていた。
しかし、目の前に広がるのは摩天楼の大パノラマ。人口が減った関係で使われなくなった場所も多いらしいが、それでもここまでサイズ感のある人工物を生で見るというのはそれだけで強烈な体験だった。
完全に田舎人丸出し状態で都会の廃墟交じりのビル群を見回しながら、駅のホームから出る。かつては商店街などが併設されることも少なくなかったほど栄えていたという駅も、今では利用する人が殆どおらず、それ故に閑散としていた。
過去の栄光とまでは言えないまでも、それなりに人が集まっていただろう後が、そこかしこに見て取れる。頽廃した自販機、レジ、棚だけが置かれた店、半分閉まったシャッター、等々。
駅を出ると、ロータリーに止まっていた青い軽自動車から見覚えのある顔が降りて来た。そしてその後ろから、身長の高い男性が続いて来る。
「淳介、久しぶりってほどでもないけど、まぁ、ようこそ都会へ」
返事がないことも気にせず、姉は俺の事を引っ張って車へと直ぐに乗りこんだ。その背後で困惑している彼は勿論姉の夫。長身イケメンで、何故姉と付き合って結婚までしたのかは良く分からなかった。
何故か姉の夫と共に後部座席に詰め込まれて、姉が意気揚々と運転を始める。自由な人というか、人の事を全くもって気にしない人間なので、今も良く分からない曲を下手な口笛で吹きながら楽しそうにハンドルを握っていた。
「あー、淳介………君で良いのかな? ともかく、
丁寧にこちらを向いて、姉───彩羽の夫、橘さんが頭を下げる。
ただですねぇ、残念ながら私これまで人との関り方を知らないで生きて来たもので。本当に何を話せば良いかも分からないし、何なら謎の緊張で喉乾きすぎて声出る気しないし。
てか良く考えたら今まで都会に来てなかったのは人と関わるのが怖かったからじゃん。何故今来たし。うっかりミス、良くない。反省しましょう。
よし、諦めよう。やっぱコミュニケーションは無理よ。流石に俺には早すぎる。最近独り言でさえ恥ずかしくて言葉に出せなくなりつつあるんだから。
「よし、淳介特訓だ。まずは人語を理解するところから始めよう」
いつの間に耳を傾けていたのか、運転席に座る姉からそんな声が聞こえる。どうやら橘さんには私がコミュ障だということを伝えていたらしく、彼はあまり不思議そうにもしないで静かに待っていた。
いや、にしても無理。なめんな、こちとらナチュラルボーンコミュ障でっせ。
てか最近マジで誰とも喋ってなさ過ぎて忘れたわ、話し方。なんかもう人間として生きていくの無理な気がしてきた。
………………ま、いっか。諦めよ。
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