第59話 水辺の動物

 大曾根さんがこの場所に来てから早くも一週間が経とうとしていた。一応町に買い出しに戻る時には彼女を連れて行くことにして、必要な物を諸々買い揃えて貰うようにしているのだが、最初の頃の比べて緊張が抜けて来たのか口数がかなり多くなった。

 更に言えば、研究者らしく常に何かしらを紙に書き付けては大事そうにファイルの中に綴じ込んでいる。気になって内容を見せてもらったことがあるが、基本的には魔物の生態についての大まかな調査が主体で、副次的に魔力についての考察や迷宮ダンジョン関連のメモが大量に書き付けてあった。偶にデフォルメされて最早そうと分からない程の柚餅子の絵が描いてあったりするのはご愛敬だろう。


 迷宮ダンジョンに行くときも、割と喜んで着いて来たりする。今のように。


 そう、私たち今絶賛迷宮ダンジョンの中にいます。


 まぁそれは置いておくとして、流石に迷宮ダンジョン付近では命の危険が多すぎるので、もう少し落ち着いて行動して欲しいと思っていたりいなかったり。何度か危ない目に遭ってから学んだのか、柚餅子か胡麻の後ろに隠れて基本的には出てこないようにはなった。ただそれでも偶に気が抜けるのか、魔物の死体に不用意に手を突っ込んで、折れた骨が刺さって怪我をしたりということもある。自らの危険を顧みないと言えば聞こえは良いが、その実御守が必要となると話は変わってくる。都会育ちのお嬢様はもう少し落ち着いて過ごしていただきたかった。

 基本的には保護者役は柚餅子さんか胡麻さんが担ってくれるのですけどね。あの二匹であれば大曾根さんは何も言わなくても寄って行くし。


 そして餃子さんだが、最近になって割と元気に戦うようになって来た。というのも、どうも食事が口に合っていなかったらしく、家の近くの水棲の魔物を食べさせたら大いに喜んで、それからというもの食事量が増えて体も大きくなった。

 ちなみに「食事が合っていないだろう」と言い出したのは大曾根さんだ。餃子の食事を横から凝視している際に何となく思ったらしく、その日の内に彼女が何とはなしに口に出したのを実行して見れば、予想的中で大手柄だった、という訳だ。


 ということで餃子さんが今は前線を張って魔物と闘っている。この付近の魔物であれば胡麻でも餃子でも十分に対応できる。柚餅子が対応しなければならない程の魔物が出てくることは稀で、あるとしても迷宮ダンジョンの奥地のみだ。つまりは、ここまで三匹を引き連れて迷宮ダンジョンの中に乗り込むというのは割とワンサイドゲームだったり。

 一応は大曾根さんがいるからという言い訳はしているが、純粋に自分が胡麻と餃子が心配で着いて来てしまうというのが実際の理由だった。


 そしてオーバーパワーだということは、俺が割と暇になるということを意味していたりもする。ということで最近は大曾根さんと共に後ろで見守っていることも少なくはなかった。

 それ故に魔物を見る時間が増えたからか、それとも大曾根さんが色々と話してくれるからか、魔物達が案外色々と考えていることを改めて実感した。魔物との戦い方もそうだが、直情的に生きているように見えて、確りと物事を考えて生きている。それが魔物という生物の本質なのか、それともこの三匹だからこそなのか、はたまた生ける環境の違いなのかは分からないが。


 戦闘が終わったらしく、柚餅子が立ち上がる。大曾根さんがその背中に乗るのを手伝い、自分も後ろからじ登った。

 魔物の数は増えて来たが、結局背中に乗る場合の大抵は柚餅子の上だった。その体躯の大きさもあって、俺と大曾根さんの二人で背中に乗っても空間的な余裕がある。そして長いこと俺を後ろに乗せて来たので、人を背中に乗せることに対して理解がある。何かが頭上に有れば体勢を低くしてくれるし、上に人が乗っている時にはあまり大きな動きはしないでいてくれる。

 背中に乗ろうとしたときに体勢を低くするようになった時は、想像以上に成長が感慨深くて思わず少しの間動けなかった。


 にしても、大曾根さんが自力で柚餅子の上に乗る気配がないのは何故なにゆえなのですかね。完全に持ち上げる私の手にされるがままになっているのですが。

 何なら柚餅子に乗るタイミングになったら待ちの体勢に入っているような気さえする。まぁ、別に大した手間でもないので良いんですけど。

 ただ、流石にこの森の中の生活に順応しすぎのような気がして心配になってきた。普通もう少し抵抗を見せると言うか、戸惑いを感じる部分があると思うのだが。野生に対しての受け入れ体制があまりにも整いすぎている。…………この人は今までどう生きて来たんだろうか。このフリーダム過ぎる性格では、今までの人生何もなかったということもないと思うのだが。

 …………良く考えたらあの橘さんの研究所に入ったのか。その時点で性格の奇抜さは了解されるべきでしたね。


 柚餅子の背中に揺られながら、胡麻と餃子が楽しそうに魔物を蹴散らして行く様を眺める。

 この迷宮ダンジョンは、既に拠点の場所からは十数キロ離れていた。純粋な面積換算をしようとすると面倒だが、割と広い範囲に渡って行動はしていると思う。

 移動だけでもそれなりの時間が掛かるため、この距離の迷宮ダンジョンに行くとなれば大抵が泊まり込みか何かなのだが、最早常に野宿暮らしをしているようなものなので外泊に何の躊躇いもない。大曾根さんも状況的には似たようなもので、食料と寝袋さえ持って来ればどこでも生きて行けるようになって来た。着実に原始人への退化が進んでいる。


 ただ、だからと言って何も弊害だけがある訳でもない。何なら彼女に関しては、睡眠時間やら、某吸湿の悪魔しか食べていなかったような食生活が見直されたおかげで、少し健康になってきたようにすら思えた。

 少し前に聞いた話によれば、大学を卒業してから直ぐに研究所に入り、そしてまだ三年も経っていないという話だったので、今の年齢は少なくとも二十五歳以下程度だろう。その年にして野生に順応というのも不思議な話だが、取り敢えず順調そうであるというのは喜ぶべきなのだろうか。

 ともかく、成人した頃から常に不摂生な生活をしてきた大曾根さんも、今になって常識的な身体を取り戻しつつあった。


 まぁ、つまりは、割とこの生活も悪くないっていう話ですね、はい。

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