第2話 川を流し込む

 迷宮ダンジョンを眺めて思った。近くに川流れとるやん。それにただの穴なんだったら、水流し込めばええやん。


 思い立ったが吉日。こういうものは手早く行動に移るに限る。夏休みの宿題とかいう悪魔を相手にして学んだのだ、俺は。


 今は迷宮ダンジョンの傍で縮こまって眠っている魔物を刺激しないように迂回して、斜面の上にある川へと向かう。この裏山の向こう側には、更に大きな山が広がっている。その関係で、この裏山の中にも割と水量のある川が流れている。しかもこの斜面だ、水はちゃんと迷宮ダンジョンに流れ込むだろう。


 今回考えている方法は簡単。川の水をせき止める。溢れさせる。それが迷宮ダンジョンに流れ込む。以上。

 いやね、本当はもう少しね、水路とか作ろうかと思ってたんですよ。でも私一人のマンパワーじゃ流石に厳しいって言いますかね。大変だし。面倒だし。


 では、作業開始。といってもすることは単純だ。川の上から土をスコップで削り落として川を埋めるだけ。流石に二、三メートル分の尾根っぽい部分を超えなきゃいけないわけで、結構大変ではある。

 だから怠慢じゃないのですよ。自分の限界を知ってるってやつです。


 まあ、もし川を埋めるのが流石に厳しそうだったら、途中まで埋めて、尾根の部分に少し短い窪みっぽいの作って水を流すでも良いしね。別に一つの方法にこだわる必要はない。


 ということで、川を埋める作業です。





 して、二か月後。やっと作業が終わった。


 いやぁ、大変でしたよ。作業。そりゃあ時間かかりますよね。………え? 時間が掛かり過ぎじゃないかって?

 いやだなぁ、そんな二か月の間忘れてて昨日やっと二回目の作業を始めたとかそういうことがあるわけないじゃないですか。


 魔物が家まで襲ってこなくて良かった良かった。俺の努力のおかげで我が家の平穏は保たれるわけですからね。


 こうしてみると結構壮観だ。埋め立てた部分はかなりの高さになってるし、ダムみたいな感じで結構な量の水が溜まってるし。

 これは休日返上で作業した甲斐がありましたな。


 最後に、尾根の一部の部分にスコップを刺して、水を溢れさせる。溜まっていた部分から水が溢れ出て、その勢いによってまた尾根部分が削られ、更に水が溢れ出て来る。その繰り返しで、一気に川の向きが変わった。

 おろ………? 思ったより勢い強くないですかね………?


 文字通り怒涛の勢いで下へ下へと押し寄せた水は、そこで眠っていた魔物を迷宮ダンジョンの中へと押し込みながら穴の中へと勢いよく流れ込んで行った。

 少し待ってみるも、水が溢れ出て来る様子はない。


 ま、溢れてこないならいっか。


 魔物に呼吸が必要かどうかは知らないけど、住んでるところ、しかも地下で、上から水が降って来て水で埋められるんじゃたまったもんじゃないだろう。知らんけど。

 ここまで来て後自分が出来ることはない。上から凄い勢いで水が流れ込んできてるのに迷宮ダンジョンの外に飛び出せるような魔物はいないと思うし。






──────


 ここで、彼の知らない情報を幾つか。


 まず一つは、この迷宮ダンジョンが未だ発達途上にあるということ。現在では入り口もただの洞穴サイズ、そして深さもそこまでの物ではないが、これから先数年をかけて、迷宮ダンジョンは周囲の魔力を取り込みながら巨大化して行く。

 そのため、このタイミングで水を流し込むという淳介の判断は、英断と呼べる類のものだった。


 過去、迷宮ダンジョンを封鎖しようという試みは何度かあった。入り口をコンクリートで固める、迷宮ダンジョンを階層ごと崩落させる、等々。しかしその全てが、他ならぬ迷宮ダンジョンの巨大さによって阻まれてきた。

 入り口をコンクリートで固めようにも、発生させる必要のある魔物が極端に減ったことによって引き起こされた異様な濃度の魔力によって迷宮ダンジョン入り口の外側が迷宮ダンジョン化した。階層を崩落させようとも、たかが一層崩落させただけでは迷宮ダンジョンの勢いは衰えなかった。

 出来ることとすれば、人の手を用いて魔物を殺し、管理をする程度。幸いにして迷宮ダンジョンの数は人口に比べてまだ少ない。その場当たり的な対応でも賄えてしまっているのが現状だった。


 そして、二つ目。それは魔物の発生の過程である。淳介は魔物の発生が規則的であることは学んでいる。しかし、その魔物が発生する現場に遭遇したことがあるわけではない。

 基本的に魔物というのは魔力によって存在しているとされている。しかしその肉体は完全に魔力に頼っている訳ではなく、あくまで魔力は本来の生物としての肉体を生み出すための呼び水のようなもの。


 迷宮ダンジョンがまだ小さい段階で水を流し込み始めたお陰で、成長し行く迷宮ダンジョンに合わせて、それを埋めるための水が供給されて行く。そのおかげで、窒息に耐えうるような体躯の大きな魔物が発生するよりも先に迷宮ダンジョンの水槽化が完了していた。


 そして、もう既に水で埋まっている迷宮ダンジョンの中で発生する魔物の生態は惨めだ。

 魔力というのは水に対しての親和性が高く、魔物の形成においてあまり不用意に近づけて良い物ではない。そのため迷宮ダンジョンの表面には水が染み込まないような構造が有り、更に発生する魔物は基本的に陸上動物であった。

 それ故、発生した魔物は酸素がなければ生きて行く事が出来ない。ただただ水攻めされただけであれば、息を止めて出口へと向かえばいい。それだけの肺活量を持つ───それだけの大きさの体を持つ───魔物というのは数多くいる。しかし、発生したその瞬間から周囲が水で埋まっていたら?


 魔力によって、肉体が形成されて行く。臓器が作られ、肉が作られ、毛が生え、瞳が生まれる。しかし、肺の中に空気はない。

 待っているのは死。藻掻くことも、恐怖を覚えることすらも許されない理不尽な死。


 これが、淳介がもたらしたものであった。


 そして勿論、魔物を殺すことによって得られるものがある。

 それは、一般的にはレベルと呼ばれるもの。明確な数値が存在するわけではないが、あまりにもゲームなどで用いられるレベル制度と酷似していたために、俗称としてそう呼ばれている。


 まあそれはそれとして、今の淳介の状態はどうであるか。

 生まれては死に、生まれては死に、を繰り返す魔物たち。成長し行く迷宮ダンジョンは、それだけ生まれる魔物の数が増えることを意味している。そして、より強力な魔物が生まれることも。


 リスキル、などという生易しい言葉では済まない。あまりにも人の道を外れた、倫理観に欠けた淳介の行動。知らなかった、その無知がどれだけの悲劇を生み出しているのか。

 いや、魔物だから誰も気にしないけど。


 しかし、そう、彼は、死にゆく魔物によって力を得続けていた。


 最初は微弱な、しかし規模は留まることを知らない。次第に迷宮ダンジョンは巨大化し、彼にもたらされる力の量は増えて行く。仮令たとい迷宮ダンジョンの成長が頭打ちになったとしても、彼にもたらされる魔物の死は絶えず繰り返される不休の輪廻サイクル。月日を得ることによって、彼の中に積み重ね上げられたものは、増大して行く。


 さあ、佐藤淳介と言うこの男は、我々に何を見せてくれるのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る