第116話 試練、到達者

 結局、自分の体を魔力に変える練習など、数をこなしたところであまり意味はなかった。確かに恐怖感を緩和するという点では成功したが、それは最初の数回の話で、その後の反復練習で何かしらの感覚が掴めた訳ではない。

 ただまぁ、最終的にはどうにかなりそうではある。実体がない所為せいしっかりと空も飛べたし。感覚的には、自分自身を魔力に変換して、その魔力を直接制御しているような感覚。故に、あまり自分で空を自由に飛んでいるような感覚はない。

 どうにかなっている以上文句を言うつもりはないが、気持ちの良い自由飛行なんてものを少し体験してみたかった。


 まぁ、今更そんなことに文句を言っても仕方がないのでね。気にしないに越したことはないんでしょうけど。

 ということで、面倒なので早いところ出発してしまいましょうということでね。空中で実体化して、地面に落下する前に魔力体に戻るなんてことも試してみたし、不用意に自分の事を危険に晒している訳ではないはず


 いやぁ、にしてもあまりにも疲労感が凄い。身体的なというよりも、精神的な。気疲れと一括りに呼べるようなものではないが、ここ最近はあまりにも精神負荷ストレスが溜まる事態が多すぎた。

 早く、元の生活に戻りたい。


 …………嘆いても仕方ない。変なことに気を悩ませる位だったら前に進もう。





 ぼんやりと、空中浮遊を続けていた。実際自分で空を飛んでみると、龍にしがみ付いて色々と余裕のなかったあの時とは違い、眼下に広がる壮大な景色が視界に入ってくる。

 巨大な森。ただただ、森が一面に広がっている。それでも良く見れば一つ一つの樹木は違う形をしていて、その葉々の隙間には生き物の気配がする。


 こういう、ちょっとした自然の雄大さを見てると無駄に感動するとき、あるよね。人智を超えた何かしら、っていう言い方はあまりにも人間贔屓すぎて好きではないけど、そう表現するしかなかった気分も良く分かる。

 …………特に、迷宮ダンジョンが発生してからはその傾向も強かったのだろうなとは思う。自分は完全に迷宮ダンジョン世代で、それ以前の世界の事を知らない。ただ、森林がこうも生存競争の激しい場所でなかったことは確かだ。魔物が居なければあんな魔境にはならないのだから。

 俺としては、森が荒れていたからこそ人目を避けるための引き籠り場所にできた面もあるから、大手を振って魔物に反抗する気にはならないんだけどね。森林を取り戻そうだとか、そういう気には。


 思い返せば、やはり人の一生という者は長いようで短い。気が付けば過去の自分が知らなかったような世界で生きているのだから。

 五年も前では、自分が学校を止めて迷宮ダンジョンに籠もるようになるだとは想像もしなかった。まさか人前に出るようになるだとすら思ってもなかった。人と関わるのは嫌いだったし、かと言って何かしら好きなものがあった訳でもなかった。

 なあなあで生きるよりは、何かしらの目標はあった方が良いと言う。ただ、何も考えずに生きていたところで、型に嵌った人生を送れる訳でもなかった。


 ただ、出来ることなら、自宅の裏の迷宮ダンジョンに目を付けた過去の自分を引っ叩いてでも止めたい。その後の人生があまりにも面倒臭いから。というより普通に川の流れ変えようとか思ったの頭悪すぎるから。

 そうであれば迷宮ダンジョンに潜るだなんて考えも湧かず、研究所の人たちにも会わなかっただろう。姉や父と今のように言葉を交わせていたかどうかも怪しい。日和とも、勿論関りはなく、柚餅子も胡麻も餃子も、他の魔物も、赤の他人として、何も知らないままの日常を送っていた筈。

 其方の人生の方が楽だ。格段に。今と違う道を選んでいれば、何も考えずに、必要以上に人と関わらずに、何も感じずに生きて行けていた。


 …………こんなことを言ったら日和にはたかれそうだけどね。


 まぁこんな所で変な感慨を抱いても何も変わらない。無駄な思考は止めよう。


 上空へと視線を向ける。ただ蒼空が続いているだけだが、その先へ先へと向かって濁った魔力は引き付けられ続けている。その推進力に引かれるようにして前へ前へと飛び続ける。


 魔力の目的地がはっきりとしたのは、その更に数十分後だった。後半から感慨に浸るのにすら飽きてきてかなりスピードを上げたのだが、それでもかなり時間が掛かった。

 もう自分が何処にいるかは分からない。途中で幾つかの街の上を通り抜けたが、どれも廃墟だった。一応日本の地理は一通り習ったが、最早使わない過去の産物を覚えて何になると思って記憶すらしていなかったがために、上空からの景色では現在地の情報が何も分からない。

 魔力が引かれる力も格段に強くなっていて、抑えるのに必死だった。


 捉えていた魔力の一部を解き放てば、それが目の前の空間に吸い込まれるようにして消えて行く。扉の隙間に煙が引き込まれて行くような独特な光景だった。


 その場所に、手を掛ける。一応その部分は透明にはなっているが、隠す気がないのではと思う程、露骨に魔力が作用していた。

 捕まえていた魔力を全て開放して、その吸い込まれて行く先を目掛けて手を掛ける。その時機タイミングで全身を実体化させて、宙に浮いた隙間に指を差し込む。


 気合を入れて、その隙間を抉じ開けた。段々と、その奥に見知らぬ空間が広がって行く。そこに立っている何かと視線が合ったような気がした。


 見上げれば、白く、存在感の薄い存在が、感情の見えない表情で、こちらを凝視している。空気は重く、澱んでいる。存在する筈の物質と魔力の境界がそこでは感じられず、ただただ重苦しい空気感だけが白い空間を支配していた。

 化け物の周囲には、何かしら青白い存在が飛び回っている。


 この視線。間違いない。


「やっと見つけた」


 一年以上筋トレに邁進した人間の腕力舐めんな。

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