08 神の無作為


 次の日。

 恐々と外に出る。

 太陽の光を浴びても特に何もないことにほっとしつつ、王都を出て森に向かう。

 立派な犬歯はあれからすぐに消えてなくなったとはいえ、怖いものは怖い。


「おっさん!」


 途中でいつもの子供たちに遭遇した。


「あ、ははは……おはよう」

「なんだよおっさん、元気ないな」

「ちょ、ちょっとね」

「おっさん、良い年なんだから体に気を付けろよ」

「う、うん。ありがとう」

「今日も薬草買ってくれよな!」


 そう言うと、仲間たちと共に森に入って行く。

 彼ら以外にも続々と森に入って行く人々がいる。


 フードの子たちも発見。

 俺と目が合うと小さく手を振ってから去っていった。


 下級回復ポーションの材料となる薬草の繁殖力はすごい。普通でもすごいが、雨でも降ればさらに凄いことになる。

 先日の大雨で森の薬草は大繁殖しており、それを目当てにする人たちでいつもより多いぐらいだ。

 そんな人たちの目を避けるようにして、森に入る。


「ファウマーリ様~」


 いつもより深くに入り込み、それでも周りの気配を気遣って小声で呼んでみる。

 反応はない。


「やっぱり、夜じゃないと無理か」


 そう思って薬草を採りつつ時間を潰す。

 そうこうしている間に夕方になり、森の外で子供たちといつものやり取りをしてから再び森に入る。

 陽が完全に沈み、王都の門が閉まる時間は過ぎた。

 真っ暗な森の中なのに、俺の目は森を見通している。


「ファウマーリ様、いらっしゃいませんか?」

「なんじゃ?」

「うひゃっ!!」


 いきなり背中で声がして飛び上がるほどびっくりした。


「呼んでおいてその態度はなんじゃ?」

「いきなり後ろは止めてください」

「くくく、悪いの。お前はなんだか、驚かせがいがあるからな」

「そんな……」

「それで、どうしたのじゃ?」

「あ、あの……それが……」


 と、説明をした。


「わははははははは!」

「な、なんで笑うんですか?」

「いやぁ、お前は面白いなぁ」

「面白くないですよ」

「わははは……いや、あれは『神の無作為の愛』という実でな。食せば色々なものを与えてくれるといわれておる。まぁ、そのほとんどが能力を少々強くしてくれるという程度なのじゃが……万に一つ、億に一つの確率でスキルも手に入るそうじゃ」

「は、はぁ……」

「に、しても面白いの。デイウォーカーを種族ではなくスキルとして手に入れるか。くく……」

「あのデイウォーカーというのは」

「うむ。夜魔の一族、吸血鬼の亜種じゃな。吸血鬼でありながら太陽の光を恐れぬ希少な存在だ」

「つまり……俺は人間じゃなくなったということですか?」

「いや、だから言うたであろう? スキルとして獲得しておると」

「は、はぁ?」

「むう。説明が面倒じゃな……」


 そう言うと、いきなり何かを呟き出した。


「うへぇあ⁉」


 途端に、俺の周りで光が走る。

 それは複雑な図形を描いていた。

 もしかして、魔法陣というもの?


「いいから受け入れろ」


 ファウマーリ様の言葉の後で、光が俺に向かって飛び込んできたような気がした。

 それで、光が消える。


「あ、あの……なにが?」

「魔法を授けた」

「へ?」

「鑑定の魔法じゃ。自分に使ってみろ」


 いきなりそんなことを言われてもと思ったけれど、不思議とどうすればいいのかわかった。

 スキルと一緒だ。

 なぜか、自分にはそういうことができるとわかってしまっている。


「か、鑑定」


 自分に向かって鑑定を使うと立体モニターのような物が現れて情報が羅列される。



名前:アキオーン

種族:人間

能力値:力10/体7/速5/魔1/運1

スキル:ゲーム/夜魔デイウォーカー

魔法:鑑定



「うっ……」


 確認したけれど眩暈を感じた瞬間に文字は消えた。


「お、お前……魔力と運が1って。1って……」


 再びファウマーリ様が笑いだす。


「それに、他の能力もひどすぎるぞ。わははははは!」

「うう……」


 数字の基準はわからないが、こんなに笑われるということは低いんだろう。

 魔法がすぐに消えたのは魔が1だったのが原因か?


「……ふぅ。とにかく、鑑定の結果でもわかるように種族は人間のままじゃ」

「あ、はい」


 落ち着いたファウマーリ様が説明を再開してくれた。


「夜魔デイウォーカーをスキルで得たということは、自分が望むときに吸血鬼の力を使うことができるということじゃな。どんなことができるのかは、自分で確かめてみろ」

「あの……それじゃあ血とか飲まなくても、いいってことですよね? 他の物も食べられるって……」


 吸血鬼になったのならもう血しか飲めないのではないか?

 それが心配で、昨日の夜から何も喉を取っていなかった。


「そんなもの、試してみればよかろう」

「え? あ……」

「この間の白米の食べ物を出せ。妾と父様の分もな」

「は、はい」

「どうせなら違う料理にせよ」


 え、ええとそれなら……あ、とんかつ定食があった。

 これを三つ。一つ350L。

 朝和定食より少し高い。


「はい。どうぞ」


 差し出すと、二つの盆がファウマーリ様の前で浮く。


「うむ。ではな。貸し一つじゃからな」

「え?」

「相談に乗った。さらに魔法を一つ授けた」

「あ……」


 ファウマーリ様の指が二つ立てられ、すぐに一つたたまれた。

 とんかつ定食で貸しは一つ返したということらしい。


「相談はともかく、魔法の貸しはでかいぞ。いずれ、妾のために働いてもらう」

「あ、う……はい」

「それまでに、存分に鍛えておくが良いぞ」


 にやりと意味深に笑ってファウマーリ様は消えてしまった。

 存分に鍛える?


「もしかして、増やせることに気付かれているのかも」


 そう思いつつ、もしかしたらと思ってゲームからテントを出した。

 前に使ったのをゲームに買い取ってもらっていたのだ。

 同じ値段でやりとりすればアイテムボックスみたいな使い方ができると気付いたのだが、うまくいったみたいだ。


 テントに潜り込み、とんかつ定食を食べる。

 和がらしの混ざったソースの味が染みる。

 美味い。

 食べられる。

 懐かしさと良かったという安堵とからしの鼻を突く感触が混ざって涙が出た。


 予想通りにまた雨が降った。




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