53 リンゴ酒と不動産


 そして次の朝。

 隣の部屋の様子を見に行くとフェフが起きていた。


「おはようございます」


 フードの中から聞こえてくる声は明るい。

 まだ、咳は止まっていないけれど声の感じからして喉の腫れもかなり治まっているようだ。


「なにか食べたい物とかないかい?」

「そ、そんな!」

「まぁまぁ、どうせ食べるなら美味しいものがいいでしょ? とはいえ、なんでも出せるってわけじゃないけど。甘いのとか辛いのとか、なにかないかい?」

「それなら……甘いものを」

「ふむふむ」


 朝食で甘いものって言うとこれかな?


「じゃあ、ホットケーキで」


 ふわふわ分厚いホットケーキの三段重ねだ!

 ホカホカの湯気で上に乗っているバターも溶けて、メープルシロップが入ったピッチャーも付いている。

 紅茶もセットだ。


「「「うわぁ……」」」


 フード娘は三人ともが自分の前に置かれたホットケーキに目を奪われた。

 もちろん食器もセットになっている。


「はい、じゃあどうぞ」


 勧めて俺もいただく。

 ナイフとフォークで切り分けて、まずはバターだけで食べる。

 バターの塩味とホットケーキの淡い甘みが混ざって美味しい。

 味に慣れてきたところでメープルシロップを使う。


 俺が食べたのを見て三人娘も食べ始める。


「「「っ⁉」」」


 すぐに夢中になった。


「ああ、そうだ」


 残ったお茶を飲みながら三人に昨夜思いついた考えを言ってみることにした。


「実は、この冬にダンジョンで大儲けできたから家を借りようと思っているんだけど、よかったら君らも一緒に来るかい?」


 フードの奥で三人が動揺するのがわかった。

 それから、昨日冒険者ギルドで見たことを話す。


「そっちに人に言えない秘密があるのはわかっているけど、どうも、今回の依頼の独占は君たちへの嫌がらせのように思えるんだ。このまま仕事ができなくて困った立場にして、なにかを迫る気なんだと思う」

「そんな……」

「しばらくは俺が代わりに依頼をもらって来るっていうこともできると思うけど、効果がないってわかったら実力行使とかしてくるかもしれない。そうなったら、ここはもう場所が知られてるだろうから危険だよ」

「「「…………」」」


 フードの奥にどんな秘密があるのか知らないけれど、性別が女というだけで向こうが考えていることにある程度の予想を立てることはできる。

 目の前にいるのは明らかに子供だけれど、子供だから良いという性癖は存在するわけで。

 そっち方面が目的だと仮定したとしても、フード娘たちを狙っているのは裏稼業の連中ではないかと思う。

 となると突然に襲撃して来て攫うなんてことだってやるかもしれない。

 いまのところそれをしていないのは、攫うことで生じるリスクの方が面倒だと思われているからだろうけれど、いまやっていることが無駄だと思ったら次には強硬策として行うかもしれない。


「「「…………」」」


 フード娘たちは黙り込んでしまった。

 まぁ、すぐには答えられない問題だよね。

 俺が信じられるのかどうかっていうのもさすがにまだ決められないか。


「ま、ちょっと考えてみて」


 食事が終わるのを見計らって食器を回収すると、いつものように果物を置いて行った。

 今日はみかんにしてみよう。


 さて、フード娘たちと別れて商業ギルドに向かう。

 受付でリベリアさんをお願いするとすぐに会えた。


「アキオーンさん、お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです。ええと、今日はですね、新しい物があるんですが」


 いつものリンゴ五十個いりの樽を置きつつ、相談する。

 マジックポーチを手に入れているので、一度安宿でこっちに移してから持って来ている。俺がマジックポーチを手に入れたことにリベリアさんは驚いていたけれど、新しい物という言葉ですぐに立ち直った。


「なんでしょうか?」

「これです」


 とりあえず、リンゴ酒(瓶)を一本出す。


「お酒ですか?」

「はい。このリンゴを使った」

「え?」

「まぁまぁ、とりあえずこれは試供品ということで、味見してください」


 俺の味覚では文句なしに美味いけれど、舌が肥えているリベリアさんたち商業ギルドの職員たちだとどうか?


「ちょっとお待ちください」


 リベリアさんは一度席を立つと男性を一人連れて来た。


「酒類担当のアンルさんです」

「はじめましてアキオーンさん」

「あ、はい」


 にこにこ顔で握手を求められた。


「いや、アキオーンさんが持って来て下さる果物は我々の間でも話題になっておりまして、それで作られた酒となると一体どんな味になるのか」

「あはは……ご期待に応えられたらいいのですが」


 ハ、ハードルを上げられてしまった。

 ドキドキしながら二人が試飲するのを見つめる。


「ふむ」


 ショットグラスぐらいのガラスコップに半分ほどリンゴ酒を入れて、色を確かめ、匂いを確かめ、そして口に運ぶ。


「「っ!!」」


 二人の目が驚きに見開かれた。


「美味しい……」

「アキオーンさんのリンゴと同じように酸味と甘みが絶妙に混ざり合い、そこに酒精の苦みがうまく入り込んでいる。それにこの意外に強い酒精がいい!」

「ど、どうも」

「これは売れますよ!」

「ありがとうございます!」

「これなら一本……10000Lだします」

「一万!」


 ええと、瓶だと材料はリンゴ二個と海岸砂と魔石一個だっけ?

 リンゴ一個が500Lで売れるんだし、海岸砂は労力以外はタダ同然、魔石も一個だと……一個の値段てわからないな。でもたいした値段じゃないはず。

 うん、問題ない。


「はい、それでお願いします!」

「ありがとうございます!」


 で、持って来たリンゴ酒(瓶)の内、味見で提供した一本を除いた九本が90000L。

 内容量的には瓶五本分のリンゴ酒(小樽)が一つ45000Lで五樽売って225000L。

 瓶の方が高めなのは瓶そのものを評価されたからだそうだ。

 で、いつものリンゴ五十個が25000L。

 全部で340000Lとなった。


 とりあえず、全部商業ギルドの銀行に入れておいてもらう。

 うん、売れると楽しい。

 ダンジョンの方が一度の儲けが大きかったけど、こっちは安全にお金になるのがすごい。

 でもこの調子で作ったり売ったりしてたらさすがに果物の在庫がなくなりそうだ。

 売る数を調整するか。

 それとも森とかも果樹園にしてしまうか?

 でもそれだと景観がなぁ。


 って、いまそれはいい。


「あ、すいません。別件のお願いがあるんですが?」

「はい、なんでしょう?」


 また儲け話⁉ とリベリアさんたちの目が光る。

 違います違います。


 その後、不動産担当の人を紹介してくれた。



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