54 フード娘たちの事情
††フード娘たち††
アキオーンが去った後でフード娘たち……フェフとウルズとスリサズの三人は黙って視線を交わした。
「ど、どうしよう?」
そう言ったのはフェフだ。
「どうもなにも危険です」
「でも、いい人だよ」
ウルズが反対し、スリサズがおずおずと意見する。
「そんなのはわかってる」
ウルズはむっとした様子で言い返した。
「アキオーンさんがいい人なのはわかっている。だけど、そこまで頼ってしまったらあの人だって危険になる」
「でも……あの人がいなかったら私たちもうだめだったよ」
「うっ……それは、これからなんとかすれば……」
「でも……」
「でもでもうるさい!」
「うっ……」
「ウルズ、スリサズ、喧嘩は止めて」
「はい」
「フェフ様、申し訳ありません」
「いいえ。私が不甲斐ないから二人にこんな苦労を掛けているのですから、申し訳ないのは私です」
「そんな……」
「そんなこと……」
「私が言い出したことですけど、アキオーンさんの申し出はお断りしましょう。あんな良い人に迷惑がかかるのは心苦しいです」
「はい」
「……はい」
フェフの整えた言葉に、二人は大人しく従う。
その様子に、罪悪感が胸を締め付ける。
フェフはこの王都のある国……ベルスタイン王国の東にある小国家群の中にある一つの国の貴種だった。
過去形だと、フェフは思っている。
もうあの国に戻れるとは思っていない。
だけど、母国の方がそう思っているのかどうかはわからない。フェフたちを逃がしてくれた人からは、素性を明かさないようにと注意を受けている。
その言葉に従うのであれば、アキオーンの申し出を受けるわけにはいかない。
でも……。
なんだか、その決断をするのが寂しいと感じるフェフがいた。
他の二人も同じなのか、言葉少ない。
この街まで子供三人でなんとか流れ着いて、疲れて何も考えられなくなっていたところに声をかけてくれたのがアキオーンだった。
リンゴをくれて、この街での暮らし方を教えてくれた。
ウルズもスリサズもフェフほどではないが貴種の家柄だったので庶民の、しかも孤児の生き方などわかるはずもなく、その道筋を教えてくれたアキオーンの存在は本当に大きかった。
それからもたびたび、リンゴをくれたり、薬草を高く買ってくれたりと気にかけてくれていた。
本当に心強かった。
彼がいなくなった冬は本当に心細かった。
さらにうまくいっていた書写の仕事を受けられなくなって、食べるのに困るようになって、病気になって……これはもうここで死ぬんだと思った時にアキオーンは戻って来てくれた。
本当に彼なしで私たちはやっていけるのだろうか?
そんな不安が形になったかのようにガリっとドアから不穏な音が響いた。
†††††
ふう。
商業ギルドで不動産担当の人に案内されて何件かを見せてもらった。
一人か、もしかしたら同居人もいるかも~みたいに言ったら結婚予定とか思われたのか「ここなら二人暮らしでも」とか「奥様もこの台所なら~~」とかいろいろお勧めされてしまった。
その中によさそうだったのか一つあったので、キープしてもらっている。
とりあえず次はフード娘たちも連れて行こう、あ、でもまだ説得が終わってないんだよなと思いつつ安宿に戻った。
「あれ?」
隣の部屋の前に女将がいる。
旦那さんもいる。
ドアが開いていて、なにか険しい顔で話をしている。
「どうしました?」
「あ、あんたかい?」
女将は俺を見て気まずげに視線を床に向けた。
「あの子らがいなくなっちまったんだよ」
「……え?」
「それがさ、変なんだよ。ドアの鍵が壊されてるし、荷物が置いたままなんだよ」
「…………」
「面倒だねぇ」
ため息混じりの言葉とその後の愚痴を聞くことなく、俺は安宿を飛び出した。
目指すのは冒険者ギルド。
依頼札の貼られる掲示板の前に、もう依頼札を独占していたあの男はいなかった。
ああいう奴らがいるところは?
飲み屋だ。
普段は近寄らないガラの悪そうな連中が集まる店を覗いて回り、三件目でその男を見つけた。
「やあ、あんた」
仲間とテーブルを囲んでいる。
「なんだぁ、おっさん」
「ちょっと話が聞きたいんだけど、いいかな?」
「よくねぇよ。失せろ」
俺は笑顔のまま男の髪を掴み、店の外に向かう。
「ぐあっ!」
「てめぇ!」
「放せよくそがっ!」
仲間が後ろで喚いて拳だったり酒瓶だったりで叩いて来るけれど、全て無視して店の外に向かう。
「お客さん、店で揉め事は……」
店の用心棒らしい太った男が出入り口で立ちふさがった。
俺は腕でその男を払う。
「ぐへっ!」
百キロは余裕で越えているだろう太った男は大きく飛んで、出入り口近くのテーブルの上に、落ちていった。
「まだ、文句のある奴はいるか?」
足を止めて周りを見ると、誰もが目をそらし、男の仲間たちも逃げていった。
伊達にこの街で長々と生きていない。
日雇い仕事であちこちに行っていない。
人の寄り付かない場所の当てはいくらでもある。
そこに男を連れていく。
男のいた飲み屋は貧民区に接していたのですぐ近くにそういう場所があった。
廃墟に挟まれた袋小路のような場所。
「あの子たちをどこに連れて行った?」
「な、なんのことだよ?」
「お前に、冒険者ギルドで依頼の独占をさせた奴はどこにいる?」
「し、知るかよ」
「喋ると殺されるのか? だが、喋らなくても死ぬぞ」
「へ、知ってるぞ。お前冒険者だろ? こんなことして、バレたらどうなるかわかって……」
「うるさい」
グシャ。
音が、耳と手の中で響く。
「ぎゃっ!」
突然の痛みに悲鳴を上げた男は、その痛みの元を見て蒼白になった。
「う、腕! 腕がぁぁぁぁ」
男の腕が落ちている。
俺が、二の腕の所から握り潰したからだ。
「さっきまでの強気はどうした?」
男の千切れた腕を拾い、俺は笑いかける。
「ひ……ひぐ……ひ」
「そんなに泣くなよ。まるで意地悪しているみたいじゃないか。困っているのは俺なんだぞ?」
邪魔な袖を引きちぎり、千切れた腕の根元を露出させると、千切れた腕を合わせる。
そして『回復』を魔力多めにかけてみる。
なんとなくできると思ってはいたけど、成功したのは初めて見た。
腕が繋がった。
欠損した四肢の回復は難しいという話だったけれど、取れた方があれば多めの魔力で繋げることができる。
「う、腕……」
「よかったなぁ、元に戻って。……だけど」
俺はまた、力をこめた。
「次は元に戻るとは限らないし、失敗したら次はこっちになる」
と、反対の腕を示す。
「その次はこっち、そしてこっち」
アンモニア臭で濡れた部分を避けて、太ももを順に指で突く。
「奴らへの義理か恐怖か知らないが、それと、これからミノムシになるかもしれない自分の人生。もう一度だけ秤にかけてみたらどうだ?」
「ひっ!」
男はとある名前と場所を言った。
もちろん、生かしておくわけもない。
死体がなければ犯罪はない。
この街の衛兵の仕事はそんな程度だから。
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