97 学者令嬢


 サマリナはよく見るとファウマーリ様に似ているところがある。

 とはいえ、一般庶民の俺がどうしてファウマーリ様の顔を知っているのかってことを説明するのはちょっとあれなので、黙っていた。

 とはいえ、旅の間ずっと黙っているというわけにもいかない。

 イリアが西の街のダンジョンでのことを熱く語るものだから、なんとなく王都で長く日雇い冒険者をしていた話をしてしまう。

 その話をすると、イリアがひどく驚いた顔をする。

 彼女の中で『要塞』の俺は王都でもすごい活躍をしていると思っていたようだ。


 ごめんよう。


 そんなこんなと話しながら馬車の旅を続けていたらサマリナが自分の話をした。


「私はな。王都の魔法ギルドで学者をしている」

「学者ですか?」

「うむ。私の先祖は一応、祖王様の血筋でな。多少なりとも魔法が使えるから。それで研究の道に入ったのだ」

「そんな人がどうして小国家群に?」

「それはもちろん、ルフヘムの調査だ」

「……へぇ」


 うん、学者と聞いた時からそんな予感はしてた。


「王都の魔法ギルドでも調査団の結成が勧められているのだが、これが遅々として進まぬ。だからこうして、単独で行うことにしたのだ」


 あれ?


「世界樹という特殊な存在に支えられていたルフヘムが突然の崩壊だ。これはなにかあると期待せざるを得んだろう?」


 目をキラキラさせて探求欲を発露させている。


「あの……」

「そもそも世界樹とはなんなのか? 私はあの国に隠されているというダンジョンと関係するのではないかと読んでいるんだが、そのダンジョンはどうなったのか……」


 聞きたいことができたんだけど、一度喋りだしたサマリナの言葉が止まらない。

 止まらないし、振り返れば馬車の揺れに合わせてバウンバウンしているものが気になって話が入ってこなくなる。

 そしてイリアに頬をつねられたし。


 なんだか嫌な予感がしたんだけど……聞くタイミングを逃してしまった。


 そして夜。

 馬車を止めて休憩。

 ご飯はこういう時を考えてマジックポーチに入れてある。

 サンドイッチ。

 ハムやチーズ、野菜なんかは『ゲーム』から手に入れて、こっちのパンで挟んでおく。

 これで見た目はどこにでもありそうだけど、味はちょっと違うになる。

 とはいえ、保存優先のパンはモサモサカチカチなんで満足度はちょっと低い。

 ちなみに、大量に持っているマジックポーチなんだけれど、これはそれぞれにタグをつけて入れ子にして管理してある。

 いわゆるマトリョーシカな状態。

 そんなことできるのかと思ったけど、できるんだからすごい。


 二人の食事だけど、これはイリアが世話をしている。

 イリアもマジックポーチを持っていて、そこから塊のパンとチーズとハム、それから酢漬けの野菜を出し、焚火で温めてからパンに乗せている。

 それはそれで美味そう。

 その間サマリナは何をしているのかというと、こちらは分厚い本になにか書き込んでいる。

 ちらっと覗いてみると、白紙の本だ。

 ちゃんとした本を執筆するには雑な書き方なので、手帳みたいな扱いかもしれない。

 しばらく書いていると満足した様子で本を閉じ、毛布にくるまって寝てしまった。


「すいません」


 近づいてきたイリアが申し訳なさそうに言った。


「夜の見張りは私と順番で」

「あ、ああ……うん、わかった」


 貴族のご令嬢にそんなことをさせるつもりはなかったから問題ないよ。


「それと、まだ言っておきたいことが」

「あ、もしかして……」


 さっきの話かな?

 調査隊の結成を待てずに飛び出して来たって?


「はい。その上、家の許しも得ていないので自前の馬車も使えず……」

「なるほど」


 だから、乗せてくれる馬車を探していたのか。


「それってまずかったり?」

「いえ……その、まずくはあるんですが、サマリナ様はこういう騒動がよくある方でして、だから私が付くことになったというか」


 ……なかなかなトラブルメーカーのようで。

 なんか『あいつだから仕方ない』みたいな諦めの雰囲気が読めてしまう。


「それよりももう一つの問題の方が大きいので」


 さらになにかあるのか。


「むしろ問題はそちらの方が大きいというか」


 ええ……。

 できれば聞きたくないなぁと思いつつも、イリアの困っている顔を無視するわけにもいかず話を聞くのだった。


 それから数日。

 馬車は国境近くにやって来た。

 来た……のだけど。

 なにか道が渋滞している。


「ちょっと先に行って様子を見てくるよ」


 イリアに馬車を任せて渋滞の先に行ってみる。

 そこには兵士たちが道を塞いでいる光景があった。


「どうかしたんですか?」


 すぐ側にいた商人らしい人に聞いてみる。


「どうも国境の森から魔物の群れが流れ込んできたらしいんだよ」

「はぁ……」

「困ったもんだよ」


 王国を囲む国境外の大地。

 そのほとんどは原生林に覆われている。

 そしてそこに住むのは人間種とは相容れない魔物たち。

 国土を広げる開拓作業は、魔物を排除する戦いでもある。

 国境に強い冒険者たちが集まるのにはこういった理由がある。


 そんな事情があるので、国境に近づくとこういう問題が起きたりもする。

 とはいえここを往復するようになって初めてのことなのだけど。


「なんの魔物が出てきたんでしょうね」

「さあねぇ、ゴブリンだオークだって言っているのが聞こえたような」

「そうですか」


 詳しい情報はなかったけど、数日はここで足止めになりそうだ。

 それを告げようと背中を向けたところで。


 ゴッと……。


 風が駆け抜けた。

 一緒に大きな影が地面を滑っていく。


「へ?」


 上だ。

 見上げた時にはすでに先にいて、そして舞い降りて……。

 うちの馬車を掴んだ。


「はぁ!?」


 その正体は、デカい鳥だ。

 猛禽類っぽい雰囲気のそれが、馬車の荷台部分を掴んでそのまま舞い上がろうとしている。

 というか、した。

 あ、イリアが慌てて馬車に飛びついた。

 サマリナが中にいるのか。

 あ、イリアが馬を繋いでいる縄を切った。

 そのまま上がっていく。

 馬はどこかに逃げていく。

 そしてそのまま、巨鳥はしばらく頭の方向に進んでから向きを変えて国境の向こうの原生林に向かっていく。


「え、えええええええええ!」


 とりあえず叫んで我に返ると、俺は巨鳥を追いかけて走った。




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