96 立体感


 王国と小国家群との往復には馬車を使っている。

 頻繁に行き来しているのに徒歩だと怪しまれるからというか、そういう体裁を整えておきたいという気分の方が強い。

 自分で走った方が早いけど、毎回走りたいわけでもないというのもあったりする。

 ファウマーリ様に用意してもらった馬車は、王国に戻ったときに状況を説明するついでに返したので、今使っているのは新しく買ったものだ。

 新しくと言っても、馬車そのものは中古だけど。

 一頭引きの幌馬車。

 俺の商品は『ゲーム』とか大量に手に入ったマジックポーチに入れてあるけれど、空荷だと変なので適当に樽を載せている。

 たまに商業ギルドや冒険者ギルドで荷運びの依頼があったりするのでそれに応じたりしていた。

 ドワーフ国から王国へと向う側だとこういう依頼は少ない。

 食糧を運んだ商人たちが帰りの荷馬車に入れる商品を探し求めているから、むしろ商品の方が足りないぐらいだ。

 逆に王国からドワーフ国へは食糧の需要が高まり過ぎて、他を運ぶ商人が減ってしまったので、俺はそういうのを受けていたりする。


 行商人を守る護衛の冒険者の中に、薬草採りで関わっていた子供たちが混ざっていたりして、心の中で応援する。

 とはいえ、販路の需要が高まっていることから国の方も治安に気を付けている。

 騎士や兵士が頻繁に巡回するようになった。

 最初の半年間はそれなりに賊に襲われたりもしていたけれど、それを過ぎてからはほとんどない。

 あの子供たちも護衛というよりは荷下ろしの手伝いとして同行している比重が高いのではないだろうか。


「あの……」


 商業ギルド近くで商人たちのそういった風景を眺めていると声をかけられた。

 振り返ると女性騎士がそこに立っていた。

 というか、見たことのある顔だ。


「あれ、もしかして?」

「はい! イリアです!


『鋼の羽』という冒険者パーティにいた彼女だ。


「たしか、騎士になるって……なれたんですね」


 その恰好を見れば結果ははっきりしている。

 イリアの表情も明るい。


「おかげさまで先月から正式な騎士になりました」

「おめでとうございます」

「ところで、アキオーンさんはなにを?」

「見ての通り、行商だよ」


 俺は腰かけていた荷馬車を示した。


「え?」

「え?」

「……商隊の護衛ではないんですか?」

「違う違う。持ち馬車だよ」

「アキオーンさんって、冒険者ですよね?」

「そうだよ」

「え?」

「え?」


 なんだかイリアが理解不能な顔をしている。

 彼女の中の冒険者像と俺のやっていることが違うんだろうなぁ。

 そもそも俺って、長年鉄等級の日雇い冒険者だったんだから危ない場所にいることの方が少なかったわけで、普段の立ち回りに関する考え方もあまり危ない方向に行かないんだよね。

 王都の他の冒険者もお金を持っているところは俺みたいに馬車を買ってドワーフ国に食糧を売りに行っていたりする。

『鋼の羽』は国境に近い辺りで活動していたみたいだし、王都の冒険者とも考え方が違うかも。


「はぁ、そういうものですか」


 俺が説明するとイリアは長い溜息を吐いた。


「まぁ、冒険者もいろいろあるよ」

「そうですね」

「それで、イリアはどうしてここに?」


 騎士が商業ギルドになんのようなのか?


「あ、そうでした!」


 思い出したイリアはさらに俺の馬車に視線を止めた。


「あの……アキオーンさん」

「うん」

「馬車に空きはありますか?」


 イリアが持ってきた話はこうだ。

 彼女は騎士として城に仕えているけれど、普段はとある貴族の令嬢のために働いている。

 その令嬢の実家が、イリアの実家の上位に当たるらしいのでそういうことが許されているそうだ。

 それで、その令嬢が小国家群に行くのでイリアが護衛を務めるそうなのだが……。


「貴族のご令嬢って……自分の馬車があるもんじゃないんだ」

「あ、はははは……」


 ごまかし笑いをするということは、何か問題があるのかもしれない。


「それで……だめでしょうか?」

「いいよ」

「え?」

「大丈夫。乗せるだけでしょ? 問題なし」

「あ、ありがとうございます! すぐ連れてきます!」


 それから報酬の話を済ませると、イリアはすぐに一人の女性を連れてきた。

 見た瞬間に思ったことは……。


 でかっ!


 だった。


 なにがとは言わない。

 ただ、あんなにとんがるものなんだと思った。

 重力はどこにいった?

 下着の力?


「……アキオーンさん」

「はっ!」


 イリアに言われるまで、思わずまじまじと見てしまった。


「これは失礼をしました」

「ははは、よいよい」


 貴族相手だということを思い出して頭を下げたのだけど、相手は機嫌よく笑った。


「私を相手にするとほとんどの男性はそうなるのだ。私の魅力だな」

「お嬢様、この方はアキオーンさん。冒険者で、この馬車の持ち主です」

「うむ。私はサマリナ・ポートミナだ。よろしく頼む」

「ははー」

「それで、いつ出発する?」

「こちらはいつでも」


 次の荷物はとっくに用意できているしね。

 なにか依頼はないかと商業ギルドに来ていただけだし。


「ならば、今すぐ出発で頼む」


 そういうことになった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る