11 街道にて


「知り合いか? 無駄話ばっかするなよ」

「はは、わかってますよ」


 俺が後ろの荷馬車に乗ることが決まると、前に乗る御者に注意された。

 向こうの方が年若いが、この仕事の歴は長いのだろう。


「じゃあ、俺は後ろを見てますよ」


 俺の方も戦闘は役立たずなので見張りを頑張らないとならない。

 王都を出る手続きが終わり、門を超えて出発する。

 荷馬車の中には樽が一つあるだけだった。

 前の馬車を覗いてみると、そちらも同じようだ。

 首を傾げつつ、荷馬車が遠のいていく王都を眺める。


 眺めながらも背後のことが気になってしまう。

 ウィザー。

 冒険者になるしかなかったあの頃に苦楽を共にした一人。

 そして、もう一人と共に、ある日突然に俺を置いて去って行った一人だ。


 いつだったか立派な鎧姿を見ているので成功しているのだなと思ったのだけど、そうか、片足を失って辞めたのか。

 そういうものなのだろう。

 冒険者ギルドにいる講師も片目を失って引退した。


「あまり深く考えない方がいいよ」


 そう言ったのは同じ荷馬車に乗った風切りの人だ。


「え?」

「あの人、おっさんの知り合いなんでしょ?」

「ええ、まぁ」

「片足なくして引退?」

「みたいですね」

「うん、まぁ、そういうことはあるよ」

「ありますか」

「そうそう。ほら、これ見なよ」


 そう言って彼が右手を見せてくれた。

 人差し指から小指にかけて荒々しい古傷の線がある。


「これさ、ダンジョンで戦ってるときにできた傷だよ。指が落ちちゃった」


 ぎょっとして視線を上げると、彼は飄々と笑っていた。


「僕って弓が武器だからさ。ていうか利き手が使えなくなったらいろんなことが終わるよね。だから高いお金を払ってくっつけてもらったよ。おかげで貯めてた金が全部消えちゃった」


 笑いながら言うけれど、これはもう笑うしかないから笑っているという雰囲気だった。

 あるいはもう過ぎ去ったことだから笑える。


「欠損回復の魔法は時間が過ぎるほど難易度が上がる。つまり値段も高くなるってことだよ。仲間に回復魔法の熟練者がいなかったら、病院で高い金を支払わなくちゃならない。一番安い時に支払えなかったら? 働けない冒険者がどうやって稼ぐのさ? つまり、次の働く先が見つかってるだけ、あっちのおっさんは運がいいってことだよ」

「そうですね」


 なんだろう?

 慰められてる?


「そういう人をたくさん見てきたんですか?」

「そりゃね。ダンジョンは儲かるけど、やっぱり危ないからね」

「でもね、ダンジョンに挑戦できるのは、日雇い冒険者からしても羨ましい話ですよ」

「おっさん、いい年してるのに子供みたいなことを言うね」

「ははは……」


 子供みたいなことを言えるようになったのは自分のスキルの凄さに気付けたからだろう。

 そうだ。俺はいまこの年になってようやく前に進みたい子供の気持ちになれているのだ。

 後ろを見ている暇なんてない。

 話しているだけでよくわからない暗い気持ちが少しは晴れた気がした。


 商隊護衛の最初の夜になった。

 たとえ急いでいても馬を休ませなくてはならないので動かない時間というのはどうしても必要になる。

 そして、長年人々が行き来してきた結果、道々には休憩するための広場が自然と出来上がっている。

 俺たちの商隊もそこに停まった。


 大勢でいた方が、魔物の襲撃はされにくい。

 魔物だって襲いにくそうな存在には襲って来ない。

 とはいえ、一緒にいる人間が信用できると決まっているわけでもない。


 だから、他の馬車や旅人と肩を寄せ合うようなことはしない。

 簡単な食事を済ませてから見張りの順番を決める。

 俺は深夜から朝にかけて。

 戦闘は期待されていないので長めに見張りの時間を割り当てられた。


 長い退屈な時間が始まった。

 こっそり取り出しておいた黄金サクランボをこそこそ摘まみながら辺りを窺う。

 休憩所から少し離れたところには山がある。

 ゴブリンが降りて来るとしたらあの山からだ。

 だけど、人の方も気になる。


 一ヶ所を気にしすぎると他から不意を食らうぞ?

 昔、同じように商隊の護衛の人数合わせをした時に、熟練の冒険者に見張りのコツを教えてもらった。

 一方を気にしすぎると他がおろそかになる。それぞれの耳と目でそれぞれの方向の情報を拾え。

 では、頭の後ろは?

 そのために首があるんだろう? 動かせ。


 言われた通りに首を動かしながら一点にばかり気を取られないようにする。


「ん?」


 休憩場から山の間は手入れされていなくて雑草が生い茂っている。

 そちらが動いたような気がした。

 気にしつつも、そちらだけを見ないようにする。

 ただの風の可能性もあるし。


 だけど、風ではなかった。


「ゴブリンだ!」


 雑草から顔を出した緑色の顔を見つけて俺は叫んだ。

 俺の叫びに合わせて冒険者たちの動く音がした。

 ゴブリンたちも飛び出してきた。


 俺は槍を構え、先陣を切って向かって来る一体に突きを放った。


 当たった。

 槍はゴブリンの胸に当たって、背中に抜けた。




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