10 商隊護衛


 久しぶりに王都を離れる仕事を受けたので、冒険者ギルドを出ると予定を変えて商業ギルドに向かい、いつもより早いがリンゴと、次に持ってくる予定の葡萄を十個ほど持って行った。

 葡萄を食べたクールビューティ・リベリアさんの表情は劇的だった。


「一房2000Lで買います」

「へ?」

「足りませんか?」

「い、いえ、それでいいです」


 交渉したらもっと上がりそうだったけれど、クールビューティの迫力に負けてしまった。

 ていうか2000L。リンゴの四倍。

 買値はリンゴと一緒なんだけど、それは絶対に口にしちゃダメな奴だと肝に銘じておこう。


「アキオーンさんのリンゴは上流階級の間で大人気なんですよ。今回も絶対にそうなります!」

「よろしくお願いします」


 目を輝かせるリベリアさん。

 やっぱり買っているのはそういう層なんだと思いつつ商業ギルドを後にする。


 その後は保存食を買ったりと準備で時間を潰しつつ子供たちを待って薬草を買い取り、しばらく王都にいないから買えないことを告げる。

 残念そうだったけれど、ちょっとやってみたい仕事があるからその間はそれに挑戦すると言っていた。

 向上心が眩い。

 フード娘たちにも同じように告げておく。

 だが、こっちは心配なさそうだ。

 彼女たちは薬草売りで集めた資金で書写の依頼を受け始めたのだという。

 この世界には複製とか印刷とかの技術がまだ未熟だから、本は貴重品だ。

 それに識字率もそれほど高くないので、大人になっても読めない書けないという者も田舎だとそこそこいたりする。

 都市部になると読めない人間はそれだけで食い物にされたりするので、ある程度は読めるようになるけれど、書く方はダメな人間はかなりいる。


 ちなみに俺は読めるし書ける。いまの俺になってから読み書きができないのはまずいとがんばって覚えた。


 ただ、書写の仕事をしようと思ったことはなかった。

 むしろフード娘たちの話を聞いて目から鱗だった。

 そうか、そんな仕事があったかと……。


 まぁ……いまさらいいよね?

 俺、字がそんなにきれいなわけじゃないし。

 フード娘たちには別れ際に葡萄を上げた。


 自分の部屋に戻る。

 食事はゲームでハンバーガーセット200Lを購入。

 なんとフライドポテトとコーラが付いてくる!

 とんかつもそうだけど油をたっぷり使った揚げ料理は贅沢品だ。それに炭酸飲料まで付くなんて……。

 これはやばい物を見つけてしまった。

 デブらないように気を付けなければ。


 食べ終わると起動したままだったゲームを動かして、槍と小剣、それに皮胸鎧を購入。全部で10000L。

 このゲームでは武器や鎧は作れるけど、自分で使うことはできない。ファッションとして着ることはできるけど、そもそも危険地帯に行くことができないのだ。

 雇った冒険者に装備を託し、冒険に出して素材を回収してもらう。

 その素材からまた強い武器を作ったりする。

 五年間もやり込んでるんだから武器も色々ある。たとえば竜の素材で作ったのとかもあるのだけど……。


「俺がそんなの持ってたって宝の持ち腐れだし」


 そんなレアな物持ってたら、逆に命を狙われたりしそう。

 ゲームから出した槍と小剣にしたって、王都の武器屋で見かけるものより出来がいいような気がする。


「せいぜい、邪魔にならないように立ち回るだけでいいしね」


 そんな奴に伝説級の武器なんていらない。

 それに、商隊護衛だと昔のトラウマが刺激される。

 あんなことにはならないように、まずはそれだけを考えよう。

 そう心に念じながら、ゲームでの日課をこなしつつ黄金サクランボを食べる。

 拡張された果樹園に植えた黄金サクランボの木は五本。

 これ以上の拡張予定はないので十五個のサクランボを毎日食べることができる。

 この生産体制になったのはつい最近。

 目標にしている冒険者ギルドの講師のステータスに追いつくのはわりとすぐかもしれないと思いつつ、眠った。


 翌朝。

 皮胸鎧を着こむのに少々手こずりつつもなんとか彼らよりも早く集合場所に着くことができた。

 集合場所は王都の門前。

 すでに出発前の旅人や商隊らしき荷馬車が列を作っている。


「おっさんお待たせ!」

「お、良い装備してるじゃない!」

「はは、おはよう」


 若い冒険者パーティ……そういえば彼らのパーティ名は『風切り』だったかな?


「それで、護衛対象の方々は?」

「ああ……ええと……」


『風切り』のリーダーが馬車の列に視線を飛ばす。

 荷馬車には色々な目印がある。色が付いているだけの布が撒かれていたり、馬車の側面や幌になんらかの印が掘られていたり、運営している商店のマークという場合もある。


「ああ、あれだ」


 リーダーが指差したのは俺でも知ってるぐらいに有名な商店の荷馬車だ。

 幌の付いた荷馬車は二台並んでいた。リーダーは先頭の御者に近づいて挨拶する。

 お互いに確認が取れたようだ。

 急ぎの便らしく護衛の冒険者も荷馬車に乗っていいらしい。


「お前、アキオーンか?」

「え?」


 声をかけてきたのは後ろの荷馬車の御者だった。


「久しぶりだな。俺だよウィザーだ」

「え?」


 ウィザー?


「は? ウィザー? あのウィザーか?」

「そうだよ。ウィザーだよ」


 トラウマが刺激される。

 最初の仲間。

 そして商隊護衛の後で俺を置いて他の冒険者に付いて行った、仲間だった人物。


「え? だって、お前……」

「この様だよ」


 そう言ってウィザーが自分の足を叩く。

 こちら側からは見えにくかった右側の足。

 よく見ると、膝から先がなかった。





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