09 おっさんと怒りの令嬢


 それからしばらくはなにもない日が続いた。

 果樹園を拡張し、黄金の木の実……神の無作為の愛とか長すぎるので黄金サクランボと呼ぶことにした果実の木を増やしながら、木の実を食べて能力を上げていく。

 あれ以来、スキルの獲得はなく、能力値だけが増えていった。

 とはいえ、こっそり鑑定した冒険者ギルドの講師の能力を見て、自分が弱いのだと数字の比較で突きつけられてしまった。


 力だけでも20以上の差があった。

 総合だと50以上……。

 とりあえず、講師の能力を目指しつつ、黄金サクランボを増やす作業をがんばる。

 とはいえなんの能力が上がるのかはランダムなので気楽にやって行こう。


「すまない。少しいいか?」


 いつものように冒険者ギルドでポーションを売って買取コーナーからロビーに戻っていると声をかけられた。

 見れば、いつだったか訓練所で見た鎧姿のお嬢さんだ。


「この男を探しているんだが、知らないか?」


 そう言って手配書のような似顔絵の書かれた紙を見せてきた。

 いやこれ、本当に手配書だ。

 生死問わずで5000000L……?

 五百万L⁉


「なっ? これ……」

「知っているのか⁉」

「あ、いえ、ごめんなさい! 額が凄くて!」

「……なんだ」


 すごい食い付きから一転して氷点下のまなざしで突き刺された。


「金に目が眩んだのならちょうどいい。私の所に連れて来ればその額をやる。よく顔を覚えておけ」

「は、はい」


 言われて、顔を確認する。

 ぼさぼさの黒髪で、目付きの悪い男だ。

 うーん。


「知っているか?」

「いえ、知っているような……知らないような? いや、たぶん知らないかと」


 なにか覚えがあるような気がしたけど、記憶に合致したりはしなかった。

 よくある顔だろうか?

 冒険者って、基本みんな薄汚いからな。

 そもそもお湯を使った風呂は贅沢品で、一般庶民はサウナ風呂なのだ。石鹸なんかも高いので洗濯以外だとあまり使われない。


「この手配書はギルドの掲示板にも貼ってある。毎日確認しろ」

「あ、はい」

「生きてようと死んでいようと、私の所に連れて来れば五百万L。捕まえる自信がなければ情報を持って来てもそれなりに支払おう」

「わかりました。あの……」

「なんだ?」

「その男は、なにをしたのですか?」


 興味本位で聞いてみた。

 すぐに後悔した。

 氷点下のまなざしだったお嬢さんの顔立ちが、般若に変わった。


「兄を殺したのだ」

「…………はい」


 俺は存在自体が縮こまり、お嬢さんが去るまでそうしているしかできなかった。


「ああ、怖かった」


 お嬢さんがギルドを出たのを確かめてから、ようやく息を吐けた気がした。


 それにしても、兄を殺した犯人を追っているのか。

 敵討ちなんて時代劇の世界みたいだなと思いつつ、そんなことに情熱を燃やせる気持ちがわからなかった。

 こっちの世界では口減らしで放逐されているし、あっちでも天涯孤独みたいな身分だったので家族の情というものがいまいち理解できない。


 そういえば、ハリウッド映画は家族をテーマに使うのが好きだったな。

 膨大な予算で作られたアクションパートは大好きだったが、無理矢理にでも混ぜ込んで来る家族間のドラマがどうにも好きになれなかった。

 それは別にハリウッドだけじゃなくて、国内の映画やドラマなんかでもよく見た。ただ、国内は家族よりも男女の恋愛の方が好物だったような気がするけれど。


「俺も家族がいればあんな気持ちになれるのかな?」


 いや、失ってあんな顔をしないといけないようなことになるのなら、持たない方が幸せなのかも。


「……まっ、モテない男がそんなことにビビってても仕方がないか」


 そんなことを呟いて気分を切り替える。

 足は思わず掲示板に向かった。


 リンゴとポーションで儲けられるようになってから依頼札の貼られる掲示板にはあまり行かなくなっていた。

 たまには他の依頼をしてみるのもいいかもしれない。


 とはいえ、俺ができるのはどぶ攫いとか金持ちの家の庭掃除の手伝いとか便所の糞尿集めとかなのだけれど。

 街の外に出て商隊護衛とか人里に近づいた魔物退治とかダンジョン探索とかは……行きたいけどまだまだ実力不足。

 うん、もうちょっと鍛錬しよう。そうしよう。

 でも、こういうところで颯爽と依頼札を取る姿には、憧れるよなぁ。


「おっさん、ちょっといいか」

「へ?」


 ぼんやり依頼札を眺めていると、若い冒険者のパーティに声をかけられた。


「前に荷物持ち頼んだろ? 覚えてないか?」

「ああ、ああ」


 思い出した。ダンジョン遠征に行くために準備した荷物を運ぶのを手伝ったことがある。


「お久しぶり。こっちに戻って来てたのかい?」

「まぁな」

「ダンジョンばっかこもってると太陽が懐かしくてよ」

「新鮮な空気も恋しい」

「休養がてら王都に戻って来たの」


 若い冒険者パーティが一斉に話しかけて来て困った。


「体を休めるために王都に来たんだけど、ダラダラするだけってのも金が減るだけだし体も鈍るばっかりだからさ、軽い仕事でもしようと思ったんだけどさ」


 と、リーダー役の青年がすでに取ってある依頼札を見せてきた。


「商隊護衛? 最低人数五人から?」


 王都から近くの街までだ。片道三日。危険手当別。


「報酬はちゃんと五等分して9000Lだ。どうだ? 危険手当は、おっさんは見張りだけしてもらうつもりだからなしでいいか?」


 若い冒険者パーティは四人組だから俺を人数合わせに使いたいようだ。

 一人足りないは厄介なのだ。

 日雇い冒険者の一人働きはたくさんいるが、戦える冒険者で一人だというのは、協調性がなくて一人だという可能性が高い。

 強いけれど戦いの最中仲間のことを考えないとか、戦い以外で仲間とのコミュニケーションがうまくいかないとか、そういう爆弾を抱えている人物の可能性が高いのだ。

 ……酒場で隣のテーブルの誰かが愚痴っていたのを聞いたことがある。

 だからこの若い冒険者パーティとしては、連携が取れるかどうかもわからない強い冒険者よりは、使えなくても多少は気心が知れている俺で人数を埋めておきたかったのだろう。


 うん。

 わかってる。

 使えなくてもって思われてるんだろうなぁ。


 俺は王都に戻ってくるつもりだから。向こうで戻る道すがらの仕事を見つけられなかったら日給は1500Lということになる。

 いまだとあまりおいしい仕事でもない。

 でもないけど、なにもなければ歩いたり座ったりしているだけで一日1500L得られる仕事でもある。


「わかりました」

「やったぜ。ちょっと待っててな」


 嬉しそうにリーダーが受付に依頼札を持っていく。

 出発は明日の朝ということで、集合時間を決めてこの場は解散となった。





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