50 王都に帰還とフード娘たちの危機


 王都から西の街へは走って三日だった。

 今回は……一日で着いた。

 日中は人目もあるので抑えめに早歩き程度で済ませたけれど、夜はほぼ全力疾走。途中にある宿場町や村なんかを迂回して進んだにもかかわらず、翌日の朝には到着してしまった。

 雪解けのぬかるみもものともしなかった。


「おおう」


 ステータスがもう人外になっているのはわかっているけれど、まさかこんなに早く着けるとは。

 早朝、全身から湯気が上がっているのはさすがに怪しすぎると、離れた場所で体が冷めるのを待ってから門を抜けた。


 広くて雑多な王都の雰囲気を懐かしく思いながら冒険者ギルドに到着。


「あ、アキオーンさん、帰られたんですね」


 受付で自分の番になると受付嬢が明るい声で名前を呼んでくれた。ポーションの時に声をかけてくれた受付嬢だ。


「はい。帰ってきました」


 なんとなくほっこりした気分で答えたのだけど、彼女は周りを見てから声を潜めて告げた。


「アイズワの冒険者ギルドからアキオーンさんのことを訊ねられてびっくりしましたよ」


 アイズワというのはダンジョンのある西の街のことだ。

 そういえば、調べたって言ってたっけ。


「あははは……ご迷惑を。ちょっとした勘違いをされてしまって」

「そうなんですか。大変でしたね。移動届ですよね?」

「はい。お願いします」


 と登録証を渡す。

 なにげなく「はい」と受け取った受付嬢はそれを見て目を見開いた。


「……え? 銀?」


 銀の登録証に驚いている。


「お、おめでとうございま……す?」

「ありがとうございます」


 うん、前から俺のことを知っているんだからそんな反応だよなぁ。

 ……これは、こっちでも一騒動あるかなぁ。

 なるべく穏便なのがいいなぁ。

 なんて考えつつ、その日はこれでおしまいと冒険者ギルドを出ていつもの安宿に向かう。


「今度こそ、ちゃんとした家を買……いや、借りよう」


 土地が限られている王都は土地代が高いし。つまり不動産も高い。

 王都暮らしが長いけれど、なんとなくこれからはああいうダンジョンに挑戦とかもありそうだし、買うよりも借りた方がいいかも。


 ……単に、買うには思い切りがたりないだけかも?


 まぁ……なにごとも順序があるよね、うん。


 安宿でも俺のことを覚えていてくれて、そのことに嬉しくなりつつ部屋を借りると、前と同じ場所が空いていると告げて、そこにしてくれた。


「ああそうだ。隣のあの子たち」


 と、宿の女将が言う。


「なんだか最近部屋にこもりっぱなしなんだけど、あんたちょっと見て来てくれないかい?」


 安宿は日ごとにしか借りれないのだけど、あの子たちは余計にお金を払って日中も中にこもっているのだという。

 書写など、部屋で出来る仕事を選んでいたからそれではないかと言ったのだけど、最近は仕事を取りに出ている様子もないと。


 そんなことを言われたら嫌な予感しかしない。


 さっそくフード娘たちの部屋に向かった。

 控えめにノック。


「ええと、アキオーンだけど? 久しぶり。帰って来たから挨拶と思ったんだけど」


 ああ、そういえば土産とかないなとちょっと慌てながら返事を待っていると、ギィ……とドアがわずかに開いてフードが姿を見せた。

 一人だ。

 三人はフードを絶対に外さないので顔はわからない。


「あ、元気……じゃなさそうだけど、どうしたの?」

「た、たすけて」

「え?」


 そういうとフード娘は俺の手を引っ張って部屋の中に入れた。


「スリサズ! なにしてるの⁉」

「でもウルズ、このままだとフェフ様が……」

「スリサズ!」


 フード娘二人が言い合いをしている。

 何事かと思っていると、ベッドにもう一人が眠っていた。

 いや、呼吸が荒い?

 もしかし、病気?


「どうしたの?」

「近づかないで!」


 寝ている子に近づこうとすると、フード娘の一人が立ちふさがる。

 入れてくれた子とは別、たぶん、ウルズと呼ばれていた子だ。

 ベッドに寝ていた子もフードを被っている。たぶん、ウルズが俺が入ったから慌てて顔を隠したのだろう。

 この子たちは頑なに顔を隠している。


 近づけないけど、能力が上がったおかげか感覚が鋭くなっているので集中しているとここからでもわかる。

 呼吸が荒い。たぶん、熱もある。吐息に異音。喉が腫れている?


「風邪?」


 だと思う。

 それに……他のフード娘たちも立っているけれど、なんだかふらふらしている。


「ごはん、食べてる?」

「うっ……」


 仕事してる様子がないって話だったし、食べてないんだろうなって思った。

 栄養不足でまだ寒いこの時期だから風邪を引いたんだ。


「ふう」


 ちょっとだけ悩んだけど、こうなったら仕方ない。

 ゲームを起動。

 まずはとりあえず、リンゴジュース。

 作る時の材料はリンゴのみだから果汁百パーセントのはず。

 民間療法では風邪にはすりおろしりんごっていうし、ジュースでも多少は意味があるはず。

 とにかくいまは栄養。しかも消化しやすいやつ。


「とりあえずこれ飲んで」


 突然にものが現れたことに戸惑う二人にリンゴジュースを押し付ける。


「それなら寝てても飲ませられるでしょ」


 と言うと、ハッとした顔で寝ている子にちょっとずつ飲ませていく。

 寝ている子がほっと息を吐き、寝息が少し楽になった気がした。


「ほら、君たちも飲んで」


 安堵している二人にもリンゴジュースを飲ませる。

 とはいえそれだけだと栄養もカロリーも足りないので、さらに追加。

 弱っているときに重いのはだめだから……ここは、うどんだ。


 病気といえばうどんだよねという安直な考え。


 またもいきなり現れた見知らぬ食べ物に動揺しているフード娘たち。


「こうやって食べるんだよ」


 自分の分も出したので、それで箸を使って食べて見せる。

 ああ、いきなり箸は難易度が高いか。

 フォークは……よかった家具の中に食器セットがあったからそれを出す。

 俺が先に食べたことと、見慣れた食器が出たことで安心してフード娘たちも手を伸ばす。

 フォークとスプーンでパスタみたいに食べる。


「う、うう……」


 食べながらフード娘の一人が泣きだした。

 苦労したんだなと思うと、なんだか悪い気がした。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 そう言ったのは、部屋に入ってきたのを反対していていたウルズって子のはず。

 たぶんだけど。





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