91 いくわけもなく


 なんとなく予想はしていた。

 朝一でやってきた城からの使者が伝えてきたのは期限の延長を求めた内容だった。

 話し合い、しかも一晩程度で国の権力者を決めることができたら世界はもっと平和だよね。

 昨日のナディみたいなのがもっとやって来ない点ではエルフはまだ平和的なのかもしれないけれど。

 あるいはナディの失敗を見て様子見に移ったとか?


「わかりました。ただ、時間がないということはお忘れなく。決まったときには王から預けられた実が腐っていたとなっていても、私は責任を取れませんとお伝えください」


 使者は詳しい事情など知らないだろう。

 だが、フェフの伝える物騒な内容に顔を青くして帰っていった。


「さあ、今日は自由です!」


 使者を見送ってパッと振り返ったフェフの顔は明るかった。

 まずは壊れた玄関の修理をみんなでした。

 とはいえ本格的なものではない。

 扉に開いていた穴に板を打ち、壊れた金具を取り換えた程度だ。

 金具は屋敷の倉庫みたいなところに一緒に置かれていた。

 他にも予備っぽいどこかの材料があったりした。

 それが終わると街の外を歩き回った。

 フェフたちのよく遊んだ場所を教えてもらったり、彼女たちのことを心配していそうな人のところに顔を出す。

 祖王がルフヘムのエルフは菜食偏重で小さいと言っていたのは事実の部分もあったのか、出会うエルフのほとんどが細くて小さい。

 会議室に集まっていたエルフのほとんどもそうだったし、昨日のおばちゃんエルフやナディは例外なのだろう。

 昼食はその人たちにごちそうしてもらった。

 野菜の炒め物やフルーツの蜜漬け、香草を練りこんだパンなんかをごちそうになった。

 夕方になって戻る。

 門の前に架けられていたナディがいなくなっていた。

 そこまで気にすることではないので家に入る。

 復讐に来たら今度こそ仲間のところへ送ってやるだけだ。


 次の日。

 またも使者が来て延期を願った。


「ご自由に」


 フェフの返答は冷たかった。

 その日も街を回り、フェフを知っている人たちに自身の無事を伝える。

 昨日の人たちも集まって、宴会みたいになった。

 エルフの特産に果実酒とハチミツ酒があった。

 果実酒はわかるけど、ハチミツ酒?

 聞けば、世界樹で果実が成る場所などでは花も咲くらしく、その蜜を利用した養蜂をおこなっているという。

 なにげに世界樹からの実りを享受すするだけのダメな連中なのではないかと疑っていたのだけど、ちゃんと技術を磨いたりもしていたらしい。

 まっ、『ゲーム』から利益をもらっている俺の言うことではないんだけど。

 ハチミツ酒は美味しかった。

 昨夜は街のどこかで大きなぶつかり合いがあったらしい。

 どうやら話し合いの背後で腕っぷしでの決着を進めているようだ。

 どことどこがぶつかったのかは不明。


「話があります」

「はい」


 夜。

 ベッドでフェフが正座で言った。

 二人もそうしているので、俺もあわせて正座になる。


 フェフはこの二日、『風精シルヴィス』を使って街の声を集めていたのだそうだ。

 使い方を模索している内に、そういうことができるとわかったという。

 それによると会議室での話し合いはほとんど進んでいないことが分かった。

 大臣たちはいままで現王派と王子派だった者たちを吸収してそれぞれに分裂し、庶民派もナディの失敗で多少勢いが削られつつもいまだに強く、大臣たちを力で排除することを望んでいる。


「そして誰も、世界樹を捨てるという選択をする者はいませんでした」

「ん~」


 まぁねぇ……。

 代々のエルフ王の理想もわかるけれど、誰だって今までの生活の基盤がなくなるぞと言われて素直に了承できるわけもなく。

 俺に例えれば、「チートをなくして普通のおじさんに戻るか?」って聞かれるのと同じだ。

 答えは絶対にノー。

『おじさんか死か』と言われたら死を選びそうだ。

 悪意ある解釈をすれば、エルフ王のしたことは『一度はそう決めたけど、やっぱり俺だけ犠牲になるのは嫌』ということでしかなく、いまここで行われているのは『俺ならもっとうまく立ち回れるから権力よこせ』という連中だといえるだろう。


「フェフはどう考えてる?」

「父は、もっとうまく立ち回れたんじゃないか……とも思います」

「うん、でも、代々の決まり事を壊すっていうのはなかなか難しいよ?」


 とはいえエルフ王にも同情の余地はある。

 伝統という被り物をしてしまった決まり事を覆すのは、たとえトップであっても難しかったと思う。

 それがうまくいっていればいるだけ、そうだろう。

 今はこんな風に壊れているから、変化の好機となった。

 エルフ王の功績はまさしくこの一点に絞られる。

 いま、フェフの持っている世界樹の若芽を求めている連中はエルフ王の失敗を聞き、それを繰り返さないやり方を考えているだろう。

 フェフもそれがわかっていたから、あの会議室で世界樹を捨てるという選択肢を提示しなかったのだと思っている。


「ダンジョンとちゃんとした共存をするなら挑戦者を受け入れなければいけない。だけど、受け入れれば新たな世界樹の若芽を得ようとする野心家たちは必ず現れる。それをどう制御するのかが、今後の課題だよね」


 失敗すれば、地上のあちこちに世界樹ができて……そうなると一本ごとの実りの力が弱まるんだよね?

 いつか、エルフたちを養う力が失われるかもしれない。


「うん。でも、実は一つだけそういう心配のない場所があるんです」

「え?」


 ぎくっとした。

 フェフが俺をじっと見ている。

 あ、これは知っている?


「父と待っているときに、教えてもらいました。アキオーンさんが手に入れた世界樹は特殊な場所で無事に根を張り、そして世話をする者を求めているって」

「ははは……」


 その通り。

 実は新たなクエストが発生していたりする。


 あのとき、『ゲーム』を起動して新領地を確認すると大きな世界樹が中心に据えられているという光景を見ることになった。

 そして、役所では新しいクエストが発生していた。


『新住民募集クエスト

 新たな領地を世話する住民を募集します。今度はちゃんと働いてくれますよ』


 なんていう文言かと。

 まぁ、既存の住民は確かにいるだけで特に何もしてくれないけどさ。


 でも、その新住民をエルフたちにする?

 そういうつもりはなかったんだけど。


「私も父から聞いた時にはその気はありませんでした。でも……お世話になっていた人たちの無事を確認したら、あの人たちのことを放っておくのは悪い気がして」

「そうだねぇ」


 そういう考え方はわかる。


「もしものときはお願いしてもかまいませんか?」

「……無理強いはよくないからね?」

「はい」


 なんだかそういうことになった。




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