02 交易所の使い方と心の余裕


 ゲーム内の領地で採れたものをこっちで売れば儲かる。

 それはちょっと考えればすぐにわかることだ。

 なにしろゲーム内の物価は安い。


 そんなわけで次の日は商業ギルドに行ってみた。

 自分で屋台を出して売るにしても、どこかの店に買ってもらうにしても商業ギルドに顔を出していて損はない。

 とりあえずリンゴを十個、籠に入れて持って行った。


 とある農家に伝手ができた。買ってくれるならもっと持ってくると受付の人に言うと、生鮮食品担当の人が来てくれた。

 担当の人はきりっとした女性だった。

 味見で一つどうぞと言うと、クールビューティなお姉さんは果物ナイフでささっとリンゴを剥き、一切れを口に入れた。


「甘い!」

「そうでしょう!」


 目を見開いて驚くクールビューティに俺も思わず得意になってしまった。

 異世界リンゴはすっぱいのが主流なんだけど、俺のリンゴは蜜たっぷりでとても甘いのだ。


「なるほど……次はどれほど持ってこれそうですか?」

「え? あ……ええと、俺一人で運ぶ約束なんで、とりあえず樽一つ分くらいかと」

「わかりました」


 そう言うとメモ帳のような物にサラサラとなにかを書いて俺の前に置いた。

 見れば、3000Lと書いてあった。

 味見で食べた分も合わせれば一個300Lで売れたことになる。

 普通のリンゴを消費者が買う時と同じ値段で?

 つまり、売りに出す時には普通のリンゴの二倍とか三倍の値段で売れると判断したっていうことか?


「これを受付に渡して代金を受け取ってください」

「あ、はい」

「うちにだけ卸してくれるのでしたら次は一つ500Lで買います」

「500L!」

「なるべく早く持って来て下さいね」

「は、はい」


 最後ににっこりと微笑まれて、それが凄い魅力的だったものだから俺は思わずデレりとなって頷いてしまった。


 受付で3000Lを受け取り、商業ギルドを出る。

 その足で樽を買いに行こうとしたけど、ちょっと待てと足を止める。

 人目を避けて路地裏に入るとそこでこそこそと『ゲーム』を起動。


 屋敷のクラフト部屋に移動して調べる。

 この『ゲーム』のクラフトは最初からレシピがあって、それに従って素材を揃える場合と、とりあえず素材を投入して作ってみるという二種類のやり方が存在する。

 樽は作れる。

 屋敷に飾るだけの家具だと思っていたけど、試しにリンゴ……五十個と樽を組み合わせてみる。


 結果は……成功!


 リンゴ入りの樽が完成した。


「よっし!」


 思わずガッツポーズをした。


 次の日、商業ギルドにリンゴ入り樽を運ぶと、すぐにクールビューティさんが来てくれた。


「まさか昨日の今日で来てくれるとは思わなかったわ」

「だめでしたか?」

「いいえ! 問題なしよ」


 樽はすぐに商業ギルドの人たちが受け取り、中のリンゴを確認していく。

 数を確認すると、クールビューティさんはメモ帳にさらさらと値段を書いて俺に渡してくれた。25000L。


「あなた、お名前は?」

「え? アキオーンです」

「アキオーンさんね」

「あ、はい」

「私はリベリア。これからもよろしくね」

「はい。お願いします」


 上機嫌で去っていくクールビューティ……リベリアさんの背中を見送る。


 名前を呼ばれた。

 冒険者ギルドに登録するときでさえ、名前なんて気にされなかったという記憶がある。

 実際、いまの俺になってからも、受付では冒険者ギルドの登録証と依頼札を確認して報酬を置かれるだけの毎日で、名前なんて呼ばれたことはなかった。


 名前を呼ばれる。

 なんだか、ようやくこの世界で個人として認められたような気がした。


 気分良く歩いていると市場の隅に座り込んでいる三人の姿が見えた。

 三人ともが大きめのフード付きローブを身に纏っているからわかりづらいが、十代の最初ぐらいの子供に見えた。


 いつもなら「あ~あ」で済ませている光景だった。

 食いぶちに困って口減らしされたとかだろう。

 俺も、そういう風に冒険者を始めているし、そういうのはたくさんいる。

 だからあの子たちも同類だろう。


 いつもならかわいそうにと思いつつも無視する。

 俺にできることなんてなにもないからだ。

 だけど今日は、気分が良かった。

 懐も温かかった。


 だから、人目を気にしつつゲームを起動してリンゴを取り出すとその子たちに近づいた。


「君ら、どうした?」

「「「…………」」」


 子供らは顔も上げず、答えもしなかった。

 腹が減ってそんな元気もないのかと思い、子供らの前にリンゴを出す。


「食べるか?」

「「「……」」」


 子供らはしばらく俺の手にあるリンゴをじっと見つめたのち、真ん中の子が最初に手を伸ばした。

 すぐに左右の子もリンゴを取り、齧りつく。

 真ん中の子は最初に取ったにもかかわらず、口を付けたのは最後だった。

 しばらくリンゴを齧る音だけが響く。


「ここには来たばかりか?」


 半分ほど食べたところで少しは落ち着いたようだったので聞いてみた。

 三人はまばらに頷く。


「当てとか、寝るところは?」


 首を振る。


「ここで生活するつもりか?」


 頷く。


「じゃあ、とりあえず冒険者だな」


 こういうのは村から追い出されるときに親から言われることだと思うんだが、この子たちは言われなかったみたいだ。


「ほれ、付いて来なさい」


 おずおずという感じで子供たちは付いてくる。

 冒険者ギルドに行って登録をさせ、その間に三人分の袋を購入してくる。


「次はこれだ」


 すでに昼近い時間だけれど、これからでも宿代と晩御飯代ぐらいは集められるだろう。

 そうして王都の外の森での薬草集めを教えてやった。

 とりあえず、これをやっていたらその日暮らしはなんとかなる。

 三人なら宿代も節約できるからお金もためやすいだろうし、慣れた頃に新しいことに手を出してみればいい。


 最後に数あるミートサンド屋台の中からおすすめを教えてやり、俺の使っている宿で部屋を取らせる。

 とりあえず教えた。

 後は自分でなんとかすればいい。


「あの……ありがとうございました。リンゴ美味しかったです」


 部屋に入る前に子供たちがそう言った。

 女の子だったのか、全然気付かなかった。




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