03 薬草


 商業ギルドのリベリアさんに週に一度リンゴを持っていく。

 ゲームの領地で果実が成るのは一日一回。

 採れるリンゴの数は八十個前後。七日で五六〇個前後。

 なので売る数としてはまだまだ余裕があるんだけど、あまり頻繁に持っていくと品が余りだしたり値段が下がったりとかする可能性がある。


 買値が一個500Lだ。売るとしたらその倍とかもっと上とかのはずだけど、そんな値段で売られているリンゴを市場とかで見たことがない。

 だとしたら貴族とか金持ちとかに持ち込みで売られているはずで、彼らの数はそんなに多くはない。

 山ほど持ち込むよりはこれぐらいの数がいいのだと思う。

 というか思うことにしておこう。

 リベリアさんも不満そうにしてないので、それを基準に考えても問題ないはずだ。


 いままで冒険者として稼いでも日に1000~1500Lぐらいだったのに、いまは一週間で25000L。リンゴを買う時に一個3Lだから五十個で150Lを引いて24850Lが儲けとなる。

 冒険者なんてもうやらなくていいんじゃないかと思うけど、一日暇だとなんだか不安になって来るのが困った所。

 そもそも今使っている宿は素泊まり王都最安値で一泊500L。で、朝になれば出ないといけない。昼も使おうと思えばまた別でお金を払わなければならない。


 もっといい宿に移ってもいいかもしれない。

 いや、それとも賃貸の部屋とか……もっと贅沢して家とか。

 王都は城壁に守られた部分の土地は限られているので家を持つのは、庶民にとってはかなりの贅沢となる。

 でも、いまならできるかも?

 いや、さすがにもっと貯めないとだめかな?


 そんな風に欲が出てくると必要になって来る金額が頭に浮かんでくる。

 そうなると冒険者での収入も馬鹿にできなくなるわけで、今日も薬草採りで王都の近くにある森へと向かう。


 王都を出て少し歩くと森がある。

 王都よりも広い広大な森は魔物を住まわせるという危険があるものの、回復ポーションを代表とした錬金術で生み出される有用な薬の材料も見つけることができる。

 それを採取して売るのが冒険者が最初に覚える仕事だ。

 一番基本的な回復ポーションの材料となる薬草は森の浅い部分でかなり大量に採れるので、簡単な分、単価は安い。

 奥に入れば希少なポーションの材料も手に入ってそれは高く売れるのだけど、その分、危険な魔物にも出くわしやすくなる。

 いつも使っている薬草採り用の大袋を背負い袋から出して広げる。子供なら二人ぐらい入れられそうな大袋に薬草の葉をいっぱいに入れて帰ってだいたい1000L。その他にキノコなんかを見つけて持って帰ると買い取ってくれることがある。そういう時は毒キノコの方が高値で売れたりする。

 毒キノコも錬金術の材料になるんだそうだ。

 それらを含めて最高で1500L。


「なんとか高くする方法はないかな?」


 考え事をしながら薬草の葉をちぎっていく。

 慣れた物だから手の動きが止まることもない。


 お昼にミートサンドを食べている頃には袋はほとんど膨らんでいる。

 閉門前の行列を避けたいならこれぐらいの速度で集められないと一日1000Lは稼げない。


「ゲームでポーションが作れたら高く売れるんだけど……」


 材料より完成品の方が高く売れるのは当然だ。

 それにポーションを作るには錬金術師の技術がいる。

 この世界には資格というものはない。

 今日から俺が魔法使いや錬金術師を名乗ったところでなんの問題もない。

 ただし、できないのにできると言って仕事などを失敗させた場合は詐欺罪になる。

 もちろん俺は魔法も錬金術も使えない。


 あいにくとゲームの中ではポーションは作れない。材料となる薬草がないから。


「ん~」


 思いついた。


 ミートサンドを食べ終わり、ちょっと休憩の間に『ゲーム』を起動。

 再び交易所を覗く。

 最近は高い頻度で使っているから見逃している部分はないと思うけど……。


「あっ」


 あった。

 見逃してた。


 交易は売ったり買ったりできる。

 いままではリンゴを『売る』だけだったが、『買う』方を選んでみる。

 買う時には希望の品を既存から選ぶのだろうなんて思っていたけど違う。

 キーボードが出て来て文字入力になった。


「まさか……」


 と思いつつ、薬草にする。一袋1000Lに設定。

 周りに誰もいないことを確認して、買取希望を選択すると……コントローラーにいつもの光が。

 袋を当ててみると、吸い込まれていった。


「あ、しまった」


 袋がなくなってしまった。


「いや、それより……」


 チャージしているお金の額がちゃんと1000L増えている。

 ちなみにチャージしたお金を現金に戻せることにはすぐ気づいたので、金袋で持ち歩くもの以外はすべてここに入れてある。


「そんなことより……」


 ゲーム内に薬草はなかったのに、いまはこうして存在している。

 存在しているということは増やしたりクラフトの材料にしたりできるはずだ。


 ゲーム内での数え方では袋の中の薬草は二十個になった。


『ピコーン!』


 頭の中で変な効果音が鳴り、ゲームのキャラの頭上で『!』がポップした。


『下級回復ポーションのレシピを思いついた』


 おおう。思いついちゃったよ。


 とりあえず畑の一角、四マスぐらいに薬草を植えてみる。

 果樹園は木が育つまで時間がかかるが、その後は毎日果実が実るようになる。

 畑は一マスに植えた物が育つまでに三日ほどかかるが、一つ植えた物が二~四に増える。

 とりあえず今回は実験なので二マスだけでいい。

 それよりも大事なのは次の実験。


 薬草で回復ポーションはクラフトできるのか?

 早速クラフト部屋に移動して試す。


 薬草を材料欄に投入して……クラフト!


 クラフト台に向かってガシャガシャゴンゴンとハンマーやら鋸やらを振り回すキャラクターの俺。

 絶対に回復ポーションを作っている姿には見えないけれど……?


『下級回復ポーションが完成しました』


 できちゃった。


「で、できたー!!」


 森の中で思わず叫んでしまった。

 はっとなって慌てて辺りを見るが、誰かが来る様子もない。

 人も……魔物も。


 どっちが来ても色々危険だからすぐに移動。


 酢漬け野菜を足してもらったミートサンドを持って安宿に直行。

 藁ベッドがあるだけの部屋でまずは『ゲーム』を起動。

 残りの薬草を全て下級回復ポーションにクラフトする。


 出来上がった数は九本。

 薬草二個で下級回復ポーション一本の計算だ。


 それで、この下級回復ポーションをこっちに戻すには……最低価格は一本150Lか。


「ポーションを買ってくれるのは……」


 商業ギルドでもいいけど、冒険者ギルドも買ってくれるはず。

 ポーションを必要としているのは主に軍隊と病院と冒険者。

 病院や軍隊にはお抱えの錬金術師がいるはずだから在野の錬金術師が持ち込むようなポーションの買取はほとんどしていないはず。

 冒険者業で薬草を採りながらポーションを作って腕を磨いている錬金術師というのは何人も見た。

 彼らのゴールのほとんどは軍隊や病院の錬金術師工房に雇われることだった。

 そんな彼らは冒険者時代にはポーションを冒険者ギルドに売っている姿も見ている。

 工房勤めになったらまったく姿を見せなくなるのも定番だ。


 とりあえず、明日はポーションを冒険者ギルドに持って行ってみよう。


 そんなことを考えていると、外でバタバタと足音が近づいてくる。

 最近聞きなれた足音。三人組の子たちだ。

 部屋から顔を覗かせると、あの子たちも晩御飯のミートサンドを持っている。

 あいかわらず大きなフードで顔を隠している。まだ三人の顔をちゃんと見たことはない。

 ちょいちょいと呼んでからリンゴを上げた。


「ありがとうございます!」

「はいよ。内緒だよ」


 見かけるとこうしてリンゴを上げたりするようになってしまった。

 他人に分けられる余裕があるっていいね。




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