01 スキル名は『ゲーム』


 なんのとりえもない人生だった。

 ぱっとしないまま思春期を過ぎて、ぱっとしないまま就職して、ぱっとしないまま働いていた。

 ひどいブラック企業というわけでもなく、かといってホワイトと言い切ることもできず、給料はそれなりで、一人で生きるには問題ないけど結婚なんて考えられるわけもなく、そもそも結婚する相手もいない。

 たまに買うゲームだけが心のよりどころ。


 そんな俺が通販サイトで買ったゲームをコンビニで受け取って帰っていた時のこと。


 安アパートの階段をカンカンと上がっていると、上から言い争う声が聞こえてきた。

 なにかと思っているとカップルがやって来る。

 怒って先を歩く彼女を彼氏が追いかけている。


「待てよ!」


 そう叫んで彼氏が手を伸ばす。

 肩でも掴みたかったのかもしれないが、その行動は階段に差し掛かった彼女の背中を押すという結果にしかならなかった。


「きゃっ!」


 押された彼女が足を滑らせて階段から宙を舞う。

 落ちていく先に俺がいた。


 ゴン! と、ぶつかったと認識したのが最期だった。

 最後じゃなくて最期。




 俺は死んだ。

 死んで、異世界に来た。

 異世界転生なのか?

 気が付くと三十ぐらいのおっさんの体にいた。

 おっさんは森の中で倒れていた。

 近くにはデコブンという皮が硬くて大きな実が転がっていたから、これが頭に落ちたのだろうことは簡単に想像できた。

 そしてそんな知識があるという時点で、俺はこのおっさんと同化しているのだとわかった。


 おっさんは冒険者だったようだ。

 とはいえ凄腕というわけではなく、近所の森で薬草を採ってそれを売るという山菜採りみたいなことをしているおっさんだった。


 口減らしで村から追い出され、それから王都の冒険者ギルドに登録して、薬草採りをしている。

 他にはたまに行商人が雇う護衛隊の人数合わせをしたり、商店で力仕事を手伝ったり、他の冒険者の荷物持ちをしたり、そんな仕事もなければどぶ攫いをしたりと冒険者というよりは何でも屋みたいなことをして過ごしていた。


 夢はあった。

 なりたての頃はダンジョンに行ったりドラゴンを倒したり王様に認められたり……冒険者としての立身出世を夢見ていた。

 だが、そんな夢は形になることはなく、なりたての頃に一緒に夢を見ていた仲間が自分を置いて行ったときに忘れることにした。


 そしてその生活を俺が引き継いだ。

 俺の意識があの時からおっさんの中に入ったのか、おっさんの中にあった俺の意識が目覚めたのか、それはわからない。


 俺が俺として意識してから、おっさんは表に出てこない。

 生活が変わらないからどうでもいいと思っているのかもしれない。


 いや、一つだけ変わっている。

 それが特殊スキル。


 この世界は剣と魔法の異世界だが、それとは別にスキルという特殊な能力を持つ者がいる。

 そのスキルに目覚めたのだが……それが『ゲーム』


 名前の通り、ゲームができるというもの。

 しかもできるゲームは一つだけ。

 あつ森とアトリエを足したような、与えられた領地を開発したり、そこで手に入れた素材でなにかをクラフトしたりというゲームだ。


 異世界に来てまでゲームをしろというのか。


 いや、この世界、娯楽がかなり少ないのでそういう意味ではありがたいのだが、しかしそもそも娯楽に没頭する暇もあまりないという状況だったりする。


 それでも、蝋燭代がもったいなくてなにもできない真っ暗な夜とかは暇潰しにプレイした。

 領地の森を切り開いて畑にしたり果樹園にしたり、釣りをしたり、集まった材料でクラフトしたり、外に冒険に行くことはないけど、自分の作った装備を冒険者に託して遠くの地に素材集めの冒険に行ってもらったり……。

 そんなこんなを繰り返して領地を発展させていく。

 色々とできることはあるけど、基本的には『領地での生活を楽しむ』ことを目的にしたゲーム。


 異世界に来たのに異世界スローライフをゲームでやってどうするのかと思わないでもない。

 いや、思う。

 そのスローライフをゲームじゃなくて俺にくれよと思う。

 切実に。

 その日の宿代と食事代を稼いだらちょっとしか残らないし、微々たる貯金も必需品や冒険者稼業の諸経費で消えていく。

 先行きが全く明るくならない毎日。

 それなのにゲームの中の俺は豪邸に住んで、優雅に釣りなんぞしている。


 なんだこの格差はと思ってしまう。

 思いながら十年以上が過ぎた。


 ある夜のことだ。

 ゲームをしている間にいつのまにか寝ていたみたいだ。

 夢に、俺が出てきた。

 異世界のおっさんである俺ではなくて、昔の世界での俺だ。

 だけど格好はくたびれたスーツではなくて、なにか豪華なローブのような物を纏っている。

 そんな豪華な格好で、見たこともないぐらいに生気に満ちた顔をしたかつての俺は、なぜか苦笑して俺を見ていた。

 俺を見ながら、ある物を指さした。

 それはゲームの画面。役所の中にある一角。


 そこは……と思っていると、かつての俺はまた見たことのない調子に乗った顔で親指を立てて消えていった。


「……なんなんだよ?」


 目が覚めて、ホロモニターのようなゲーム画面を見る。

 操作はスキルを展開すると現れるコントローラーで行う。


 夢の中の俺……そういえばあれはゲームのキャラに着せていた王様ローブだったのではないか?

 そんなことに気付きながら、指定された場所に行ってみる。

 屋敷レベルが最大になって領地の開発も落ち着くと貯金ぐらいでしか利用しなくなる役所の中、右端にそのコーナーはある。


 交易所コーナー。

 チュートリアルの説明だと、ここで交易をするのだという。

 自分の領地で手に入れたり作ったりしたものをここに置いて値段を設定したら、他のプレイヤーが買ってくれることがあるという。

 また、こちらが欲しいものを設定して値段を提示しておくと、他のプレイヤーがそれを用意してくれて、その値段を自動で支払ってくれる……と説明ではなっている。


 なっているけど、実際に、この交易所コーナーがちゃんと活動をしたところを見たことがない。

 他にもスキルで『ゲーム』を持っている人がいるのかと期待したけど、いつまでも経っても交易所が機能したことはなかった。


 だからすぐにここのことは忘れていたんだけど……。

 あの夢のことが気になって、久しぶりに交易所を触ってみる。


 手持ちに先ほど果樹園で採ったばかりのリンゴがあったので、売りで設定してみる。

 値段は物によって最安値が設定されている。リンゴは一個で3L(リーン)。

 Lはこの世界のお金の単位だ。

 ちなみに現実だとリンゴ一個買おうと思うと300Lぐらいする。果物は基本高い。

 牛丼みたいな立ち位置のミートサンドが150Lだと思えば果物の高級感がわかってもらえるだろうか。


 ゲーム内の価格単位もLだけど、店売りとかでもリンゴは30Lとかで基本安い。

 いや、ゲーム内の物価がそもそも安めに設定されている。


「ん?」


 リンゴを設定して交易所の掲示板を見る。

 そこにはいま何が売りに出され、なにが求められているかの情報がある。

 そこにはいま俺が設定したリンゴしかないのだけど……。


「買う?」


 俺が設定したリンゴにターゲットを合わせて決定ボタンを押すと『買いますか?』という選択肢が出てきた。

 買ってどうすんだよと思ったけど、なんとなく『はい』を選ぶ。3Lぐらいの損なんてどうってことないし。


 なんて思っていたのに『お金が足りません』と言われた。

 どういうことだと思っているとすぐに『お金をチャージしてください』と出て、コントローラーが光った。

 コントローラーの中央上部分。PSでいうならタッチパッドのあるところ。スイッチでならアミーボを置くところ。

 そこに光の円が生まれている。


「もしかして……」


 慌てて中身の少ない金袋を探り、一リーン硬貨を三枚、コントローラーに当ててみた。

 光の円の中に吸い込まれて硬貨が消えた。


『チャージ完了。買いますか?』


 まさかの展開にドキドキしながら『はい』を選ぶ。

 ゲーム画面の前に大きな光の円が現れて……そこからリンゴが落ちてきた。


「は、はははは……」


 その結果に、乾いた笑いが零れた。

 もっと早く気づけよっていう、自分への呆れと。

 何も見えないぐらいに真っ暗な毎日に光が見えてきた嬉しさが混ざった変な笑いが零れ続けて、止めることができなかった。


 リンゴはいままで食べてきたどんなリンゴよりも美味しかった。





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