128 国家的危機


「ザルム武装国では銀等級以上の冒険者は人間同士の戦争を除く非常事態に国家に協力する義務がある」


 鋼の乙女改めザルム武装国女王ソウラ・ザルムは冷たく言い切った。


「は?」

「ベルスタイン王国にもこの決まりはあるはずだが? ああ、大きすぎるとそういう決まりに縁のない冒険者もいるのか」


 え? マジ?

 バッシュを見てみると黙ってうなずいた。


「なら、あんな言い方しなくても」

「頼まなくてはその義務も発動しない」


 つまり、断ったりもったいぶったりする方が非常識ってこと。

 うわ、恥ずかしい。


「ああもう……」

「活躍を期待するぜ、たまねぎ」


 バッシュに肩を叩かれ、俺は女王がこの場を去るのを見送った。



††フード††



 時間が少し戻る。

 ナディになにかをしたフードの人物はザルム武装国の外にいた。


「ふむ、早いか?」


 空に昇った火柱。

 ナディの巨顔が自爆をした証を見て、呟く。


「だが、地獄はこれからだぞ、ザルム武装国よ。自爆と超再生を繰り返す寄生型の特殊キメラだ。隔離しなければ国民が再生の栄養源となる」


 フードを揺らして笑う。

 ザルム武装国に恨みがあるわけではない。

 ただ、自らの作品の成果を思って楽しくなっているだけだ。

 視界の悪さに気が付いてフードを外す。

 その下にあるのは深い緑色の毛皮に覆われた顔だ。

 猿などに近い顔をしている。

 しかしその細い体には蝙蝠のような皮膜の翼を備えてもいる。


 ヒエマという魔物だ。

 まさしく空を飛ぶ猿という姿の魔物なのだが、普通ならばこのように言葉を操ったり知性ある行動を取ったりはしない。

 上空から小動物などの獲物を連れ去り、高い場所から落として殺すか、集団で空中から石を投げてくるなどをするような魔物がヒエマだ。


 では、この言葉を操り、さらには人に扮して街に潜入し人を騙して怪しげな処置を施すという異常な行動を取ったこの特殊なヒエマはなんなのか?

 以前はただのヒエマだった。

 だが、ある時、とある魔物を喰らったときにこの変化は起きた。

 その魔物はヒエマが倒したのではない。偶然に死体を見つけ、仲間たちと共にむさぼった。

 そのヒエマは割れた頭から零れた脳を喰らった。

 そのヒエマは群れの中で立場が弱く、腐りかけの脳ぐらいしか食べることを許されなかった。

 腐っていなければ群れのボスが食べていたのだが、その時は本当に悪臭を放っていたので食べなかった。

 それが幸運だった。

 少なくとも、今このヒエマは幸運だと思っている。

 この時から考えるということができるようになり、同時に膨大な魔導学の知識を手に入れることができた。

 それらを使うことができるようになった。

 使うに足る魔力を手に入れることができた。

 もはやこのヒエマは、群れの最弱ではなく、群れを率いるボスとなった。


 そして……。


「アカハネ」


 呼ばれて、そのヒエマは振り返る。

 あの日から、このヒエマの羽は独特な赤さを持つようになった。

 だから、アカハネと呼ばれている。

 視線の先にはオーガがいた。

 ザルム武装国に隣接する魔物国家はオーガが支配している。

 その中に、アカハネ率いるヒエマは所属している。


「王がお呼びだ」

「わかりました」


 オーガは薄気味悪そうな視線を隠そうともせずにアカハネを見る。

 特殊個体となったアカハネを、魔物国家に所属する者たちは気味悪がる。

 本来、ヒエマとはそういうものではないからだ。

 魔物国家という言葉がある通り、魔物も大規模な集団を作り出す。そして魔物の恐ろしいところは、集団の中で役割についたものは能力が強化・特化される。

 キングやジェネラル、プリーストやマジシャンなど、魔物名の次に付く役職や職業名はその能力を得たからそういう名になるのではない。集団の中でその役割を得た、あるいは与えられたから名と能力を得るのだ。

 その部分が人間とは違う。

 ダンジョンの魔物はダンジョンが生み出した魔法的な存在だが、野生の魔物は自然な繁殖によって増えていく生物だ。

 だというのに、能力を得る方法が人間とは大きく違う。

 そして、そんな魔物の中にあっても、ヒエマはゴブリンにさえ劣る低級な存在だと思われていた。

 魔物国家に所属するという知恵が現れることもなく、一部テイマー的な能力の持ち主に支配されるぐらいしか関わることのなかった存在。

 それがヒエマだ。

 だというのにこのアカハネはマジシャン系の魔物よりも高い知能を有し、さらに異常な能力を駆使する。

 だから、気味悪がられている。


 アカハネが連れてこられたのはザルム武装国の近くで布陣した魔物国家軍の本陣。

 オーガキングの前だ。


 以後、この魔物国家・軍はオーガ国・軍と呼ぶ。


「参りました」


 玉座にあるオーガキングの前でアカハネは膝を着く。


「お前の策はうまくいっているようだな」

「そのようです。内部は混乱し、こちらの接近に気付くのは遅れることでしょう」

「あの忌々しい女王は倒せるか?」

「さて……そう願いたいところです」

「ふん、はっきりせぬ」

「いい加減なことを言いたくないだけです。少なくとも混乱はさせられたでしょう。この間に軍を進めて、奴らの国を守る壁を抜けるべきかと」

「そのための策とやらは?」

「そちらも無事に」

「ならば進もう」


 オーガキングの一言で玉座が上がる。

 それは神輿のようになっていて、周囲に控えていた担ぎ手が担ぐことでオーガキングの姿は高いところに運ばれた。


「征くぞ、みなのもの」


 言葉の後に咆哮。

 その咆哮に応えるのは溢れんばかりの咆哮。

 オーガ軍を形成した魔物たち全てが応える咆哮。


「これでは奇襲にならんだろうが、愚か者めらが」


 アカハネは低くそう呟き、軍の後に従った。

 軍の進む先を爆発が飾る。

 アカハネがザルムに潜入した際に仕掛けたものが作動して爆発を起こしたのだ。

 これによって、ザルム武装国を守っていた城壁の一画が崩壊した。





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