115 偽善も善
悪意が善意と受け取られた瞬間に自分の心の汚さが露になる。
一晩へこんだけど翌朝には復活。
残った薬草を全部売ることにした。
とはいえ、まとめて売るんじゃなくて前回と同じように大袋二十個ずつ。
毎回感謝された。
周りの冒険者たちの視線が突き刺さる。
そりゃあ、この辺りにそんなにないはずの薬草を数日連続で大量に売りに来たら怪しまれるよね。
秘密を探ろうとする連中が何人か出た。
とはいえ、どれだけ後を付けられても最初に採りに行って以来は街から出ずに観光ばかりしていたので無駄足になってるんだけど。
いまさらだけどザルム武装国に住んでいる人たちの話。
ここを支配しているのは普通の人間だけれど、住んでいる人たちはその限りではない。
鍛冶場らしき区画にはドワーフがいるし、たまにだけどエルフも見かける。
それ以外は、いわゆる獣人がいる。
犬耳や猫耳、うさ耳もいた。
見た目としては耳だけなのだけれど、観光がてら食事をそこらの店でしていると、同じ店で食事することがほぼないのが分かった。
店の看板にそれとなく印があるんだけど、どうやらそれが誰向けの食事を作っているかを教えているらしい。
最初にわからなくて店に入ったら、中にいる人たちが全員うさ耳でびっくりした。
「食べられないこともないけど、あんたにはそんなに美味しくないよ」
うさ耳の給仕さんがそう言っていたので、獣人たちは人間とは味覚が違うのだろう。
すぐに外から来たと見抜いて助言をくれたからよかったけど、あのままだと注文して食べることになっていたかも。
多いのは犬耳の人たちかな。
歩いているとよく見かける。
揃いの衣装を好むらしくて兵士じゃなさそうな人たちも同じような格好をしている。
対して猫耳たちは個人主義というか自由というか、好き勝手な格好をして好きに行動しているという感じ。
働いているというか、だらだらしているというか?
冒険者ギルドにたむろしているのは猫耳が多かった。
まじめに働く猫耳がいないわけではなく、不真面目な犬耳がいないわけではなく、なんとなくそういう風に分けられそうという話。
うさ耳?
なんだかちょこちょこいる感じ。
仕事で分けるとカウンターとか売り子とかそういうところでよく見るかな?
接客が好き?
冒険者ギルドの受付にもいる。
買取カウンターの受付さんはうさ耳だ。
「あの……アキオーンさん」
武闘大会の受付期限が明後日という今日。
どうしたものかと思いながら薬草を納めていると、うさ耳受付さんが声を潜めて話しかけてきた。
「鋼の乙女とは、まだお会いしたいですか?」
「……はい」
まさかそんな話をしてくれるとは思わなかったので、びっくりしつつも声を潜めて答えた。
「ギルドとしてはご紹介できないんですけど、いま、いらしているんです」
「ほう」
「待っていたら出てきますから。その時に話しかけるのは私たちとしては止められませんので」
「ありがとうございます」
「……変な話じゃないですよね?」
「変な話じゃないです」
優勝賞品を手に入れたら売ってくださいって、変な話じゃないよね?
「薬草をこんなに納品してくれたアキオーンさんだからですよ。特別ですからね」
いつもこんな風に情報をおもらししているわけじゃないと言いたいのだろう。
俺はうんうんと何度も頷き、買取カウンターから離れた。
ギルドの奥にある部屋。
そこを出入りするだろう通路が見える位置で時間を過ごしていると、誰かが出てきた。
ざわっと、ギルドの空気が揺れた。
一目でわかった。
あれが鋼の乙女だ。
頭から爪先まで余すことなく鎧で覆い、髪の毛の先さえも見せる気がない。
鎧は体のラインが表現できるぐらいに調整された完全オーダーメイドの一品なんだろう。
面白いのは全身鎧なのに、足音がない。
そしてあんな姿なのに武器を持っていない。
それなのに存在感がすごい。
冒険者ギルドのお偉いさんに見送られ、みんなの視線を平然と受け止めながら外に向かって歩いていく。
気高い。
孤高の戦士が目の前を歩いていく。
「おお……」
と思わずそのまま見送りそうになってしまい、はっとして追いかけた。
「あのう、すいません」
冒険者ギルドから少し離れたところで声をかけた。
外に出ても目立っているのでなかなか声がかけづらい。
他の人に追いかけられているところを見られたくなかったので『隠密』とか使いまくってこそこそ追いかけて、人気が少ないところで声をかけた。
「っ!?」
鋼の乙女の威厳がその瞬間、ちょっと崩れた。
ざっと振り返った。
そう、足音が出た。
「あっ、すいません」
「貴様……何者だ?」
兜の前面は仮面のようになっているので顔も見えないけれど、くぐもった声に動揺があるような気がした。
あれ?
失敗した?
とはいえこの好機を逃すなんてできない。
「アキオーンと言います。冒険者とか商人とかしています」
「それで、なんの用だ?」
「ええとですね。武闘大会に出場されますよね?」
「ああ」
「優勝賞品の叡智の宝玉なんですが、もしも手に入れたら売ってくれませんか?」
「なに?」
「値段に糸目は着けない……とまでは言えませんがある程度、あなたの希望に沿った額をお支払いさせていただきます。どうでしょう?」
バシフィールには一千万を提示したけれど、本当のところどれぐらいが適正価格なのかわからない。
とはいえ、今の全財産はこの一年ぐらいで手に入れたものだし、取り返そうと思えば取り返せる自信がある。
「高すぎたら分割……時期をずらして分けてお支払いということになるかもしれませんが……」
「断る」
冷たく言い切られた。
殺気まである。
食い下がったらすぐに手を出してきそうだ。
武器はないけど、もしかしたらマジックポーチみたいなものに隠しているのかもしれない。
「あなたに必要な物でしたか?」
「売る気はない。手に入れたければ、武闘大会に出て優勝するんだな」
殺気が膨れ上がる。
「……わかりました。諦めます」
ささっと数歩後退。
さらに諸手を挙げて無抵抗を示す。
なんだか、怒らせた?
「…………」
すごくじとっと見つめられた後で鋼の乙女は去っていく。
「やっぱり、出ないとだめかぁ」
なんだか、無駄に遠回りした感じだ。
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