114 考える
まっすぐに宿に戻った。
ナディの件を完全に忘れることはできなかったけれど、そんなに気になるならあの場で突撃してナディを亡き者にすればよかったのだと考える。
そのぐらいの因縁はあると思う。
でもやらなかった。
この辺りは自分の甘さなのかと考えないでもないけれど、そう決めたのだから悶々と考えるべきではない。
割り切る。
美味しいものを食べて割り切る。
というわけで、海鮮丼をどーん!
寿司を作るために『ゲーム』で大量に釣りをしていたから、材料は余りまくっているのだ。
マグロ、ウニ、ホタテ、イクラ。
どんぶりご飯の上に適度に乗せられたそれらにわさびを溶いた醤油をかけて食べる。
「あ~美味い」
祖王と寿司を食べた時にも思ったけれど、生魚を美味いと感じる舌が残っていたことにほっとする。
もちろん、あっちで生きていたころはこんな上物の海産物は食べたこともなかったけれど。
雑味も苦みもなく甘いウニなんて、ほんとにあったんだ。
感動。
ホタテも溶ける。
貝の癖に溶ける。
なにごと~。
ああほんと、美味しいものって色々気分をリセットしてくれるよね。
熱い緑茶で口の中の幸せを流す。
惜しい気もするけど、口の中にずっと残していると生臭くなったりする。
幸せをとどめておくなんてできないのだと、かっこいいことを呟いてみる。
「ふう……さて」
食後に宿の人にお湯を頼む。
運んでもらったお湯で体を拭いながら考えをまとめる。
やるべきこと。
一番は叡智の宝玉を手に入れること。
で、それは武闘大会の優勝賞品になっている。
ただ、俺が叡智の宝玉の情報を求めだしてから初めて登場したというのが気になる。
なにか、俺を呼びよせる罠の可能性がある?
考えすぎ?
それが気になるから手に入れる方法が決められない。
自分で大会に出場するか、それとも優勝者から売ってもらうように交渉するか。
「確実に手に入れたければ優勝を狙うべきだよね」
もしも、優勝者も叡智の宝玉を狙っていたとしたら売ってもらえないだろう。
だから優勝候補に事前に接触して交渉してみたいけど。
バシフィールは売ってくれそうな雰囲気があるけど、今まで優勝できていないって言っていたし。
有力候補の鋼の乙女という人物と出会えればいいんだけど。
だめなら自分で出るしかないか?
一応、正体を隠す方法は考えたんだよね。
鋼の乙女の存在で、偽名も通るってわかったし。
武闘大会の登録の期限までもう少しあるし、それまでに決めよう。
ナディ?
目の前に現れて、こっちに絡んできたり目的の邪魔になりそうなら対処。
それでいいでしょ。
「よし、いろいろ決定!」
そうと決まれば後は……寝酒を飲んで『ゲーム』を少々いじってから寝た。
翌日。
とりあえず戦う人なら冒険者でしょと冒険者ギルドに行ってみた。
依頼受け付けのカウンターに行って、受付嬢に鋼の乙女との接触を依頼してみるとすごく変な顔をされた。
「鋼の乙女って、武闘大会に出られているあの方ですよね?」
「はい」
「どのような要件でしょうか?」
「商談です」
「内容は?」
「それは言うべきでしょうか?」
なんだか硬い反応だなと内心で首を傾げる。
冒険者ギルドに登録している人物なら指名依頼を行うことができる。
その際には冒険者ギルドはその人物と依頼者を仲介する。
冒険者の移動をいちいち管理しているのは、こういうことができるという側面があり、冒険者だって自身を指名して依頼してくれることには良い側面もある。
もちろん、そういうのは嫌だからやめてくれと冒険者側が伝えていれば、大体の場合は通る。権力者からとかだと難しいから、大体という表現になる。
「……申し訳ありませんが、鋼の乙女は指名依頼を受けませんのでお引き取りください」
「そうですか」
断るなら最初からそう言えばいい。
何とも変な、含みを感じさせる断り方に何度も首を傾げつつギルドを出る。
「ちょっと腹が立った」
そして、無碍にするような態度に怒りも覚えた。
少しだけどね。
なので、ちょっと嫌がらせをしよう。
薬草を山ほど採ってきて、ギルドの職員を大わらわさせてやるのだ。
ふっひっひと思いながら街の外に出る。
目指すのは森。
薬草採りといえば森だ。
って、思ったんだけど……。
「森、遠いな!」
入るときにはあまり気にしていなかったけど、街の外はかなり広い空間ができている。
俺の足ならさほど苦痛じゃない距離だけど、他の人だとこれを毎日通うのは辛いんじゃないかな?
さらに子供とか、油断すると夜になったりするかも。
だから薬草が高かったのか?
森に辿り着いたけれど人の気配はない。
首を傾げつつ薬草を探したのだけれど、一時間ほどうろうろしても全く見つからなかった。
「……なるほど、高いわけだ」
探す場所が悪いのかもしれないけれど、街の近くで他に薬草がありそうな場所もない。
そう考えると、王都の近くに薬草をどれだけ採ってもなくならない森があるって環境がすでにチートだったり?
さすが祖王の国だ。
「さてそれなら……」
人の気配はないけれど、一応はさらに森の奥に入って人目を避けて『樹霊クグノチ』を起動。
『ゲーム』の中から薬草を出し、それを種にして『植物操作』で増やしていく。
魔力を消費すると増殖が加速するのでどんどんと投入した。
「ううわぁ……」
あっというまに薬草の山ができてしまった。
一応は採取しながらだったんだけど、全然速度が追い付かない。
増やしたはいいけどその後の採取が大変で、ヒィヒィ言いながら採り続けることになった。
夕方には何とか採り終わった。
一度、『ゲーム』に全部入れてみたら、薬草は二万個になった。
二万個て……。
いつもの大袋換算だと千か。
さすがに千をそのまま出すのはおかしすぎるし、千個も大袋がないから追加で作らないといけないけど、それはさすがにもったいない。
そういうわけで、持っていた大袋二十個分だけ売った。
冒険者ギルドの買取カウンターにでーんと乗る二十個の薬草入り大袋。
ふふふ、どうだ。数えるのが大変だろう。
ちょっとした嫌がらせですっとしたつもりだった。
だった……んだけど。
「ありがとうございます!」
買取カウンターの受付嬢に感謝されてしまった。
「武闘大会でポーションがたくさん必要なのに、材料の薬草が全然足りなかったんです! 本当にありがとうございます!」
「え、ええ……」
純真な感謝の視線が俺の薄汚い心に突き刺さり、大ダメージを受けた。
なんか負けた。
そんな気持ちで宿に戻った。
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