75 スリサズの帰還


 ドワーフ王との話がついてから一か月が過ぎた。

 あの後すぐに宿から王宮に居を移した。

 約束した定期的な酒の販売は商業ギルドを通せばオーケーということで、王宮に人をやってもらって売ったりした。

 王宮の通路は各種工房に繋がっていてドワーフ王は惜しげもなくそれらを俺たちに見せてくれた。

 フェフたちが興味深くそれを見ているのがうれしかったのか、それとも彼女がルフヘムの貴い地位となったときのことを考えてなのかはよくわからない。

 長く石造りの空間の中にいると息が詰まるのだけど、それはドワーフたちも同じようで山脈の中腹に出る通路を教えてくれた。

 以前の人生で本格的な登山をしたことはないので、こんな高い山から地上を見下ろすという経験がない。

 すごく壮大な気分にさせてもらえた。


 そんなこんなな一か月の後でスリサズが帰ってきた。


「探しました!」


 王宮に入ったのはスリサズが言った後だったので、ちょっと慌てたようだ。

 でも、手紙が届いたのは彼女がいたときだったので、それを思い出して王宮に忍び込んで俺たちを見つけたらしい。


「それで、どうなっていました?」


 ご褒美のかつ丼をスリサズが食べ終わるのを待ってから尋ねる。

 その間、俺たちはうどんを食べていた。

 ドワーフに保護してもらっていて悪いのだけど、三食あの濃い味付けはさすがにしんどくなっていたので、うどんのあっさり味が染みた。


「思った以上にひどいです」


 スリサズが言う。

 商業ギルドで聞いた。現王派、王子派、民衆派で争っているというのは変わらない。

 現王派の勢力が強いというのもそう。

 だけど、本当の問題は世界樹にあった。


「王子の世界樹も枯れています。それだけじゃなくて、現王の世界樹も病気に」

「「ええ!」」


 スリサズの報告に二人が驚く。


「王は新たな世界樹を手に入れるために豊穣の樹海へ入っています。王子も向かったのですが力及ばずに戻ってきたみたいです。民衆派は王族の世界樹がすべて朽ちようとしているのは世界樹が時代の変化を求めているという主張で活動しています」

「ナディは?」

「あの人は民衆派だったみたいです」


 民衆派は商業ギルドを占拠しているそうなのだけれど、ナディはそこに出入りしているのだそうだ。

 で、どうしてフェフを確保しようとしていたのかというと、世界樹の若芽の育成方法を知るというのが目的だったらしい。


「世界樹の育成方法はルフヘム王族の秘中の秘です。現王直系の子にしか伝えることは許されておらず、他言できないように魔法で縛られていますし、その魔法を操ることができるのは王……つまり新しい世界樹と契約した者だけです」


 とフェフが説明してくれる。

 後、気になることがもう一つ。


「世界樹と契約すると、なにかあるの?」


 なんか、特別感のある言い方をしてるんだよね。


「世界樹は強力な存在です。大地には実りを、そして契約者には力を与えてくれます」

「つまり、現王はとても強い?」

「はい。一人で豊穣の樹海の奥地に行けるほどに」

「なるほど」


 強さの基準はよくわからない。

 西の街のダンジョンだと何階ぐらいに当たるんだろう?

 あれからほぼ毎日黄金サクランボは食べているので、あの頃よりもまたかなり強くなっているんだけど。


「派閥の争いってどんな感じなの?」

「それぞれの派閥の者が出会ったら戦いになるぐらいです。ルフヘムの街はあちこちでそういう争いが起きています」


 うわ、物騒。

 幕末の京都かな?


「優勢なのは?」

「やはり現王派です。豊穣の樹海に入って新たな若芽を持ち帰ることを期待している人は多いですから、付き従う数も違います」

「……兄は?」


 フェフが控えめに尋ねる。


「正直、かなり危ないです。噂通りに自分の若芽が腐ってから他の兄弟たちを殺して回っているし、豊穣の樹海から逃げ戻ったことでさらに味方を失っています」

「そう……」


 ふふっとフェフの唇が引きつった。

 暗い喜びに浸っておりますな。


「さて、情報は出そろったかな?」


 その他、いろいろと細かい話を聞いた後で俺は三人を見回した。


「それで、どうする?」


 このまま静観していたら現王が勝ってしまいそうだ。

 豊穣の樹海で次の世界樹の若芽を手に入れられるのが現王だけなのだから、勝ちは動きそうにない。

 だけど問題は世界樹を襲っている病気。

 この問題を解決できなかったら、若芽を手に入れてもまた腐るだけかもしれない。

 そしてその時には、現王の世界樹も完全に腐って、彼も力を失っているかもしれない。

 けっこうぎりぎりの状況だよね。

 そんな中で、フェフはどうするつもりなのか?


「世界樹の若芽を手に入れます」

「よし、それなら……」

「でも、アキオーンさんだけに行かせるつもりはありません!」

「え?」

「私たちも行きます!」

「あ、危ないよ?」


 それに、ドワーフ王との約束はダンジョンにチャレンジするのを見越して……。


「だってもう、ここの濃い料理は嫌なんです!」


 泣くほど!

 そしてその理由!?



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