90 覚悟と展開
城を出た俺たち。
空が赤い。
……これは夕暮れ?
見える街並みに人の気配があるし、まさか早朝ということはないよね?
「それで、これからどうする?」
どこかで一晩明かさないといけないんだけど。
「うちに行ってみましょう」
と、フェフが言う。
うちというのはフェフたちが暮らしていた家のことだ。
王子に襲われて逃げ出して以来、どうなっているのかわからないという。
あちこちから世界樹の巨大な根が姿を見せたり、そこから枝分かれのように育った木々が季節感を無視して成っている実を眺めながら道を進んでいく。
エルフの人たちはここの区画にいないはずの人間の俺を見て目を見張ったり、隣にいるフェフを見て怪訝な顔をしたりしている。
「意外に気付かれないものですね」
「死んでいると思われているからじゃないですか?」
「失礼ですね」
なんてことを話している。
「フェフちゃん!」
だけど、そんな中で一人の女性がそう叫んでフェフの前に飛び出してきた。
恰幅のいいおばちゃんエルフだ。
「ウルズちゃん! スリサズちゃん! 無事だったんだね!!」
「「「おばさん!」」」
飛び出してきたおばちゃんエルフは三人をまとめて抱きしめた。
話を聞くに子供のころからお世話になっているおばちゃんであるらしい。
再会を喜ぶ姿はほろりとさせられる。
そうしていると周りからなんだなんだと人が集まり、フェフの生還に驚き、そして喜んでくれた。
だけどすぐにこの国の心配が零れてくる。
「明日には、方針が決まりますからその時に」
フェフは淡い笑顔でそう答えてみんなと別れた。
それから住んでいたという家に向かう。
おばちゃんたちの情報から近づけなくされているけれど外から見た様子だと大丈夫という言葉をもらい、向かってみる。
塀に守られたその家は庭は広いけれど建物はそれほどでもなかった。
門には鎖がかけられていたけれど、俺が引っ張ると簡単に引きちぎれた。
広い庭の真ん中あたりには大きく掘り返されたような跡がある。
それを見た瞬間、フェフの瞳が壮絶な光を宿したのを俺は見逃さなかった。
「ここに、フェフの世界樹が?」
「……はい」
「そっか」
なにをどう言えばいいのかわからず、俺はただフェフの隣に立つだけにとどめた。
やがて、彼女は俺の腹に顔をうずめてひとしきり泣いた。
落ち着いてから家に入る。
玄関が壊れていたけれど、他はそれほどでもなさそうだ。
ご飯は会議前に一応食べているし、とりあえず寝るだけかなと寝室だけ掃除することにした。
掃除をして、台所でお湯だけ沸かして順番に部屋で体を拭い。
それから……。
うん、寝室は一つだ。
もうここまで来たら腹を決めよう。
俺も男だ!
『精力強化+1』は仕事した。
『孕ませ力向上+1』は封印したままだ。
それから四人で一緒に寝た。
目がすぐに覚めた。
あまり寝られていない。
暗いままの部屋でそっとベッドから抜け出て、窓から外を確認する。
日が昇るかどうかぎりぎりの時間。
カーテンを少しだけ開けて何とか視線を動かしてみると、庭に入り込もうとしている影があった。
「…………」
少しだけ考えて部屋を出ると、廊下にクレセントウルフを配置してから玄関に向かう。
いまは街中で活動するために普段着姿。
腰には持ち歩きに便利そうだと手に入れたまま出番のなかった十手があるだけ。
とりあえず問題ないだろう。
玄関に辿り着くと、ちょうど不埒者たちは壊れた玄関から音を立てないように入り込もうとしていた。
……ので、順番に十手で頭を打った。
『血装』で強化しているので飛散した血はすぐに十手に引き寄せられる。
「うっ!」
驚きの声を上げそうになったエルフの首を握り潰し、外で順番待ちしていた連中に投げつける。
「うわっ!」
声を上げた。
ああもう、スリサズが起きた。
まったく。
反撃の余裕を与えることなく全員の頭を叩く。
うん、十手は使いやすい。
手早く振り回すにはちょうどよかった。
血泥に変わった連中をブラッドサーバントに変化させて一階の警戒を命じつつ庭を抜けて塀を飛び越える。
「っ!」
そこにさらに数人が待機していた。
一人は、知っている。
彼女らの前に立ち、尋ねる。
「どういうつもりかな、ナディ?」
そう、ナディだ。
「……貴様の目的は世界樹の若芽だったはずだ」
絞り出すように、そう言った。
「ならば、フェフ様が持っているもの以外にも、あるな?」
ああ……気づかれた。
ナディは覚えているかもしれないと思ったけど、やっぱり忘れないか。
成木の世界樹が二つあると力を弱めるんだっけ?
でも、俺のはゲームの中にあるから問題ないと思うんだけどね。
「よこせ。貴様が持って良いものではない」
「……よこせ? 捨てろじゃなくて?」
「…………」
「フェフのがあるっていうのに、それを譲るって言っているのに、俺のもよこせ?」
「貴様が持つ資格のないものだ!」
「資格が欲しければ、あのダンジョンに挑戦すればいい話だろう? 自分で潜りもしない奴の言う言葉じゃないな」
「黙れ! それは我々エルフの……」
「ああもういいよ」
誇りだけが暴走する落ち目の騎士って感じ?
正直、みっともないだけだよね。
接近して、ナディの周りにいるエルフたちの頭を叩く。
彼女には周りの仲間が同時に頭を爆発させたように見えただろうね。
そして俺は彼女の前にいる。
「え?」
「お前には恥をプレゼントだ」
そう言うと、軽く殴って気絶させた。
それから手足を縛り、『ゲーム』で木材を買って十字架を作るとそれを門前に突き刺してナディを引っかけた。
『私は夜に他人の家に押し掛ける卑怯者です』
という看板を首から下げさせておく。
この襲撃が庶民派とかいう集団の総意なのか、その中のナディを中心とした一部の暴走だったのか知らないが、この一件はおそらく今も話し合っている連中の耳にも届くだろう。
それでまたどういう風に話が動くのか。
知ったこっちゃないと俺は家に戻り、起きてしまった三人を抱きしめてから寝室に戻った。
--------------------------------
いつも応援ありがとうございます。
三月は隔日更新となりますのでよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。