35 要塞
「なぁ、お前知ってる?」
追加休憩三日目のこと、やることもなく宿でだらだらゲームの領地を整備したり黄金サクランボを食べるだけの日々を送り、そろそろ攻略に戻ろうと食堂でいつものスープとパンを食べていると、知らない冒険者に声をかけられた。
思い出しても出てこないから、本当に知らない冒険者……のはずだ。
「なにを?」
「要塞のことだよ」
「要塞?」
「知らないのかよ。『鋼の羽』のイリアを助けた『要塞』の噂」
「……なにそれ?」
知らない冒険者は「しょうがねぇなぁ」と言いつつ、実は話せる相手を見つけてうれしそうだった。
「『鋼の羽』のイリアが失敗してよ、パニッシャーを出しちまったんだよ」
「そもそも、それはなに?」
そうだ。
そういえばそれのことを聞かないとって思いながら忘れてた。
「なんだよそんなことも知らないのかよ。ダンジョン潜ってりゃ、誰かが教えてくれただろ」
「…………」
「おっさん、誰とも組んでないのかよ」
「うん」
「はぁ、命知らずだね。パニッシャーってのは、ダンジョンの決まりを破ると出てくるおっそろしい魔物だよ。絶対誰も勝てないって話だったんだ」
「その決まりって?」
「ああん? そうだなぁ、『一つの階に長居しない』とか『ダンジョンの構造物を壊さない』とかだな。長居しないはともかく、あんな硬い壁をわざわざ壊す奴がいるかってんだ」
「はぁ、なるほど」
一つの階に長居しない、か。
つまり、実力的に美味しい階でずっと魔石集めなんかをしてると出てくるってことか。
ダンジョンは冒険者に攻略することを望んでいる?
だから、一つの場所に留まるような者を排除しようとするってことなのかな?
「それでよ。『鋼の羽』のイリアはドジってパニッシャーを呼んじまって死にかけてたんだよ。そこに間一髪駆け付けたのが、その『要塞』ってわけだ」
「ふへぇ⁉」
「わはは、すげぇだろう」
なんか勘違いされた。
でもそんなのはどうでもよくて……もしかして『要塞』って、俺のこと?
『鋼の羽』の人……イリアというのか、彼女はあの時意識があったってことか?
「『要塞』はパニッシャーから彼女を守り、しかも倒しちまったんだと。その後、彼女が気が付くと診療所だ。職員の証言で同じ人物がここに連れてきたってわかって、イリアはそいつの戦いぶりを仲間に話し、それで『要塞』って異名が誕生したのさ」
「ははぁ……」
意識があったようには思えないけど、切れ切れには見られてたってことかな?
でもそんな風に言いふらしてるってことは『夜魔デイウォーカー』でいろいろしてた部分は気付かれてないってことだよね?
……なら、まぁいいか。
全身鎧姿になったのはミーシャたちと別れた後だし、その後も鎧の中身が俺だって見られた場面は少ないはずだし、気付かれることもないかな?
それなら変に注目されることもないだろうし。
「お、噂をすればだ」
その冒険者の声で顔を上げると、食堂の宿側の出入り口に『鋼の羽』の人たちがいた。
四人揃って食堂中に視線を巡らせている。
特にイリアの目が真剣そのものだ。
「ありゃぁ絶対、『要塞』を探してるぜ」
「お礼を言うためにしては熱心だね」
「それだけじゃないだろ。絶対、三十階攻略のために仲間にしたいんじゃないか? パニッシャー倒せるなら、そりゃこれ以上ないぐらいの戦力だろうからな」
「ははぁ、なるほどね」
「噂じゃ、『鋼の羽』のリーダーは今年で引退するって話だからな。引退前に派手なことをしたいんだろうな」
「なるほどなるほど。お話、ありがとうね」
「おうよ」
食事が終わったので食器を返して宿に戻る。
そうすると当然、彼らの横を通ることになる。
「すまない、そちらの方」
と、イリアに声をかけられた。
『回復』はちゃんと成功していたらしく、ぱっと見、問題はなさそうだ。
「はい?」
とはいえそんなことはおくびにも出さずに応対する。
「あの、全身鎧の冒険者に心当たりはないだろうか? その姿でダンジョンを平気で歩けるような体力のある人なんだが」
「いやぁ、ないですねぇ」
「そうか」
「では」
俺の見た目はひょろいおっさんだからね。そんなことをしてるなんて思わないよね。
残念そうなイリアの横顔には罪悪感を覚えたりもするけど、俺は名乗ったりはしないと決めて部屋に戻った。
はぁ、でも『要塞』かぁ。
次からどうしよう?
やり方を変える?
とはいえ、いまは順調だしなぁ。
目標のトレントの木材と酔夢の実とかいうのを手に入れるまではこのまま行きたいし……。
いや。
気にする必要もないか。
いままで注目されなかった反動なのか他人の目を気にしすぎになってる。
もっと気楽にいこう。
それに次の装備ももう決めているのだ。
全身鎧は鉄から鋼にランクアップ!
盾も同じく鉄から鋼に! さらに丸盾だったのをほぼ全身をカバーできる大盾に変更!
これで防御は万全!
……『要塞』感が増してるなぁ。
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