64 獄鎖は儚く


††獄鎖ボス・ザムベス††


 王都の一角にあるその屋敷はザムベスの屋敷であり、『獄鎖』という組織の拠点でもある。

 最近、ちょっとした問題が起きた。

 下部組織の『夜の指』が壊滅したのだ。

 構成員はほぼ全滅。

 その夜に彼らの拠点にいた者たちは姿を消した。

 そんな中で唯一の証言が、その夜、構成員の一人を連れ去っていった一人の男の目撃談だった。

 その男を探し出すのは少しばかり手間取ったが、見つけ出せた。

 奇妙な男だった。

 ただの冒険者だが、二十年以上日雇いの鉄等級冒険者だったというのに、いきなり銀等級にまで上がっている。

 なにかの間違いではないかと思わないでもないが、冒険者ギルドの失敗などには興味がない。

 あるのは、その男が『夜の指』の壊滅に関係しているかどうかだ。

 周辺を調べてみると『夜の指』が狙っていた子供をその男が保護しているという。

 ますます臭い。

 とりあえず、確保してみるだけの価値はある。

 ついでに、その子供も捕まえておこう。


 そう考えたのが、この男の運命の分かれ道だった。


 男の確保を命じる一方でザムベスは大きなイベントを控えており、その準備にも忙しかった。

『獄鎖』の商売の一つ。奴隷売買でのイベント。

 奴隷競売だ。

 今回はいい目玉商品を手に入れることができた。

 金持ちの上客たちには声をかけている。


 この国……ベルスタイン王国はとても豊かだ。

 現人神とすら称えられた祖王リョウの国は農業と牧畜に優れて、食の不安が少ない。食糧事情に後押しされた結果その他の産業も盛んにおこなわれており、結果として他国との経済交流も盛んだ。

 ゆえに金持ちも多い。

 人というのは数が増えれば増えるほど、その中に混ざる悪人も増えていく。

 金持ちも同様だ。

 この国では奴隷の個人所有は禁じられているし、魔法による奴隷拘束も一般での使用は厳しく取り締まられている。

 だが、禁じられれば、それを手に入れたくなる者というのは一定数存在する。

 禁じられたという事実が価値を付与するのだ。

 ザムベスはその価値を利用して、商売する。

 すでに客も入り始めている。

 今夜はザムベスにとってとても重要な日となる。


 冒険者のことなど、ついででしかない。

 そのつもりだった。

 攫わせた娘たちのことも、まだ確認していない。

 すべては奴隷競売が終わってから……そう考えていた。

 いやそもそも、この瞬間ではザムベスは冒険者たちのことなど忘れていた。


「なにごとだ!?」


 悲鳴が聞こえてきたとき、ザムベスは競売のための衣装を合わせているところだった。

 客もすでに来ているというのに、誰が騒ぎを起こしているのか。

 苛立ちとともに叫ぶと護衛の一人が確認のために部屋の外を出て、そしてすぐに戻ってきた。


「ボス、襲撃だ!」

「なに!?」

「初めて見る魔物が屋敷の中にいる」

「ふざけるな! 他の連中はなにをしてやがる!」

「わかりませんけど、ここにいるのはまずいですぜ」

「~~~~!」


 なぜいきなり魔物が?

 騎士や衛兵が駆け込んできたというならまだ話が分かるがなぜ魔物?


「噂の女大公が出てきたか?」


 魔導の奥義によって不死を獲得したという祖王リョウの娘がザムベスを処分するために動いたのではないか?

 だとすれば魔物というのもあり得るのか?

 しかし……。


「ええい、商品だ! とにかく商品を確保して……」


 逃げなければ……そう言いかけたザムベスは見た。

 さきほど護衛が閉めたドアが破裂する瞬間を。

 飛散するドアや壁の破片とともに視認しきれない何かが飛び込んできたのを。

 そしてそれらは瞬く間にその場にいた護衛を切り捨て、側で震えていた仕立て屋さえも真っ二つにし、ザムベスの前に立った。

 そんな速度で動いていたとは思えないような全身鎧が目の前にいる。


「お前が『獄鎖』のボスか?」


 兜の中で反響した声がザムベスに問う。


「お前は、誰だ?」

「俺が誰かはどうでもいい。問題なのはあんたがボスかどうかか、だけだ」

「貴様、こんなことをしてただで済むと思うなよ。必ず……」

「そうか。それなら絶対に生かしておくことはできないな。俺は臆病者だから」

「ま、待て!」


 その言葉が最後だった。

 思考は途切れ、視界が二つに分かれ、暗闇の中に全てが消えていくまで、分かれた視界は落ちていった。



†††††



 ふう。

 あらかた片づけたかな?

 眷族たちとはある程度の情報共有ができるので屋敷内の掃討状況はわかる。

 なんだか裏組織の人間っぽくない人たちもたくさんいた。

 着飾った貴族とか金持ちとか、そんな雰囲気の人たち。

 もしかしたらなにかのイベントを催すつもりだったのかもしれない。

 とはいえいまさらやり過ぎたかもと後悔する気もない。

 ここで自由に動いている時点で全員悪人決定。

 それでいい。

 部屋にある血泥もブラッドサーバントに変えつつ、地下へ向かうことにする。

 まだあちこちで悲鳴が聞こえている。出入り口は押さえているけれど窓などは無理なのであちこちで逃げ出されている。

 全滅させてやるつもりだったけどさすがに無理っぽい。

 大荷物を抱えて逃げているのがいないかだけはクレセントウルフを何匹か待機させて見張らせているから大丈夫だとは思う。

 この屋敷にある財宝とかも最初は奪ってやるつもりだったけど、そういうのはファウマーリ様に任せよう。

 スリサズを通して三人の安全が確認できたことで少し気が抜けてしまい、冷静に考えることができた。

 ちょっとこれはやりすぎかもしれない。

 祖王と大公という権力者に自分の強さを知られてしまっている。

 あの二人と話が付いているとはいえ、力もあって富もある存在のことを権力者に知られているなんて危険なことじゃないだろうか?

 ここは富を譲るぐらいの謙虚さは見せておかないと、ほんとにこの国にがんじがらめにされるんじゃないだろうか?

 場合によってはこの国から離れることも視野に入れておいた方がいい?


「家を買うとかしなくてよかったかも」


 などと呟きつつ、地下に向かって移動していく。

 地下は地下で、死体がたくさん転がっていた。


「アキオーンさん! こちらです!」


 スリサズの声が聞こえてきてそちらに向かう。

 寒々しい地下牢には少ないけれどいろんな人がいた。

 全員が怯えた目で俺のことを見ている。

 ゴーストナイト装備一式は威圧感があるからね、仕方ない。


「怪我はない?」


 その中でフェフたち三人は明るく迎えてくれた。


「はい!」

「フェフ様の風がすごかったです!」

「ウルズも魔法で活躍していました」

「あの狼たちもすごかったですよ!」


 フェフの手に入れたスキル『風精シルヴィス』は風を自由に扱うことができるし、ウルズの『魔導の才知』は一度見た魔法を習得することができるので、俺が覚えている魔法をすべて見せて覚えてもらっている。

 それらを使って地下牢にやってきた連中と戦い、連れ去られたりしないように抵抗していたのだ。


「無事でよかった」


 三人の無事にほっとしつつ、牢の鍵をむしり取って壊す。


「じゃ、帰ろうか」

「「「はい」」」


 うれしそうな三人の様子にほっこりする。

 ああ、そうだ。


「俺たちはこのまま帰るけれどこの後に騎士とかが来ると思います。悪いですけどその人たちに助けを求めてください」


 他の廊下で様子をうかがっている人たちにそう声をかけておく。

 この人たちが良い人かどうかの判断もできないしね。

 騒ぎを聞きつけていずれ騎士たちは来るだろうし、言っていることは間違ってない。うんうん。

 そう思って三人を連れて地下から出ようとしていると……。


「お待ちください! フェフ様!」


 そんな声が奥から聞こえてきた。

 そちらに目を向けると、牢の柵に必死に顔を付けるエルフの美人がいた。




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