68 小国家群へ
馬車の旅を十日ほど続けた。
途中にある宿場町や大きな街などは全て避けてひたすらに東を目指す。
食事や水なんかは『ゲーム』で補給できるので、休む目的以外では馬車を止めなかった。
あれから追手みたいなものはなかったけれど、ゴブリンや山賊なんかには襲われた。
国境近くになればなるほど、道は悪くなり、治安も悪くなる。
見栄えがいいのに護衛の少ない馬車はカモネギだと思われているのか、山賊が良く道を塞ごうとする。
馬車を止めるのも面倒になってきたし、こういう連中はスキルを獲得できないとわかったので御者席から弓や魔法で対処して死体は放置することにした。
途中からはウルズが隣に座って魔法の練習をするようになったり、スリサズが影に潜んだ偵察を買って出るようになった。
フェフも御者席に移動したがっていたけれど、ナディが強硬にそれを止める。
いまだに彼女からは警戒されているようだ。
仕方がないのかもしれないけど面白くもない。
馬車の中ではフェフが説得を頑張っているみたいだけれど、それが逆効果になっているのは明らかだ。
「まいったね」
と呟き、道の先を見つめる。
続く道の先には国境を守る砦がある。
馬車で行くならあの砦を通るのは避けられない。
ファウマーリ様から預かっている手紙があるので大丈夫だろうと思いつつ進む。
止められたけれど、手紙の力は偉大だった。
馬車の中を確認されることもなかった。
小国家群の領域に入る。
とはいえまだエルフの国ルフヘムに入ったわけではない。
小国家群はその名の通り小さな国が群雄割拠している地域だ。王国の感覚でいうと、街一つが国家一つぐらいに考えた方がいい。
内部では攻めた攻められたという話がしょっちゅうの戦国時代だが、外部からの圧力には結束して対抗するという条約を結んでいるそうだ。
その外部というのは人であればいまさっきまで俺たちがいたベルスタイン王国で、それ以外は辺境と呼ばれる未開拓地域にいる魔物となる。
辺境では魔物が国家に比するぐらいの集団を作っている場合もあり、そういう集団が襲ってくる場合もあるそうだ。
もちろん、辺境は王国も接しているので、そこでそういう戦いが起きているという話も聞くし、ほとんどの強い冒険者はダンジョンか辺境付近にいるという言葉もある。
王国と小国家群は以前に戦争をしたことがあるそうだが、それもかなり昔のことだそうだ。
ナディも生まれていない昔ということだが、そもそも彼女が何歳なのか知らない。
「この先にあるのはちょっとすごい光景ですよ」
「うんうん」
御者席に座るウルズが言い、スリサズが頷く。
御者席と話をするための小窓からフェフが恨めし気な表情を覗かせている。
視線の先に聳えているのは、小国家群を王国の圧力を物理的に防いでいる山脈だ。天辺には雪景色があって、春になっているというのに冷たい風が吹き下ろしてくる。
道なりに進んでいると、ウルズたちが言う『すごい光景』が姿を見せた。
山をくり抜く大隧道だ。
山脈と融合するように建造された城壁の中央にとても大きな門が開いていて、その穴ははるか向こうへと続いているのだ。
「ウルズ、スリサズ。馬車の中に。私がそこに行く」
ナディがそんなことを言う。
「私の方が話を通しやすい」
不満そうな顔をした二人だけど、ナディのその言葉に逆らえないと判断したのか、馬車は動いているというのに器用に中に戻る。
もちろん、ナディも同じことをして俺の隣に座った。
門に近づいたところで槍を担いだ背の低い男たちが近づいてきた。
印象的な髭。
ドワーフだ。
「どちらさんだ?」
「ルフヘムの上級騎士ナディ。任務を終えて帰っている途中だ。通してもらいたい」
「滞在予定は?」
「ない。通り抜ける」
「ふむ。あんたが通ったのは覚えておる。中は誰だ? その男は?」
「中は守るべき要人だ。この男は御者として雇った」
「ふむ? 中を見せてもらっても?」
「見るだけなら」
ドワーフの門番(?)たちは馬車の中を確認する。ドアを開けて中を覗き込むだけで頷いた。
エルフかどうかだけを確認したのかな?
「よかろう。だが、その御者はだめだ」
「は?」
ドワーフの言葉に俺は思わずそんな声を出してしまった。
「雇われ者だということは王国に戻るのだろう? 商人でなければ入ることは許さん」
あ、これはやられた?
ナディを見ると目だけで冷たく笑っていた。
「ほれ、降りろ」
ドワーフたちは槍を向けて脅してくる。
声に緊張感はないけれど、槍を使い慣れている雰囲気だ。背に見合わない太い腕で突けば、俺の体に穴が開くことになる。
「ここで暴れるようなことはしないでもらいたい」
小さな声で釘を刺してくる。
「そんなことをしたらフェフ様たちにも迷惑がかかるぞ」
「あんた……」
「悪いな。これは私たちの問題だ」
言いたいことは山ほどあったけれど、ここで騒ぎを起こしたくない。
国境の突破なんて大事は、確かに面倒……。
「あっ」
思い出した。
「商人ならいいんですよね?」
「あん? そうじゃが?」
ドワーフといえば……っていうのがあるな。
「商人ですよ」
そう言って、商業ギルドの登録証を見せた。
あそこの銀行口座を開設するために作ったのだった。
「商品は?」
「マジックポーチに入れてまして。ああ、試供品はありますよ」
と、馬車の後ろにある荷物置き場をさぐる振りをして『ゲーム』から取り出すのは、もちろんこれ。
リンゴ酒だ。
「酒です」
「「むむっ!」」
予想通り、良い反応を見せた。
「差し上げますよ。自慢の一品です」
「ほ、ほほう」
「よいのか?」
「どうぞどうぞ」
「悪いのう」
「あ、わしにも寄こせ」
「通っても?」
「いいぞ」
「うむ」
門番には賄賂が一番だ。
「さあ、行こうか」
御者に戻ってナディを見ると、彼女は苦虫を嚙み潰した顔をしていた。
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