111 情報収集


「ザルム武装国のことを教えて欲しいじゃと?」


 商談用の会議室で葡萄酒を一本飲み干し、商業ギルドの長は正気を取り戻した。

 すでに商談は終了済み。

 代金の書かれた為替手形はすでにゲット済み。

 だんだんと買う量が増えているのに単価も上がっていってるんですけど。

 食糧難もあるはずなのに、大丈夫なのかドワーフの国?


「なんじゃ、今度はザルム武装国を潰す気か? 止めてくれんか?」

「違うし!」


 マジトーンで言われた。


「ていうか、俺そんなことしてませんし! 止めてくれませんかそんなこと言うの!」

「わかったわかった」

「……売りませんよ」

「絶対にお前じゃないよな!」


 高速掌返しを見ながら俺は溜息を吐く。


「うむ、ザルム武装国か。なにを知りたいんじゃ?」

「国のこととか? 武闘大会のこととか?」

「ああ、武闘大会か。そういえばなにか情報を集めておったな。ああ、ああ」


 思い出したように手を叩いた。

 あんまり、まじめに情報収集してくれてなかったのが判明した。


「……ごほん。あそこは定期的に武闘大会を行っておるからな。うん、いつものことかとしか思っておらんかった」

「そんなに?」

「なにしろ武装国じゃぞ? この小国家群でも魔物国家との最前線に位置する国だ。武こそ全てよ。武闘大会はあの国で一番手っ取り早い成り上がり方法だからな。開催も頻繁に行われる」


 なんだか、俺の依頼のことを忘れていたことをごまかそうと必死な気がする。


「……ああ、後、これは噂じゃが」

「はい」

「今の女王は子供に恵まれておらんでな。いまだに懐妊の話を聞かん」

「……はぁ」

「でな、優秀な子種を得るために武闘大会の優勝者を内緒で寝室に招いておるというな」

「ぐふっ」

「どうかしたのか?」

「……いえ」


 ……ありそう。

 女王がいまだにオクの里の血筋だったりするなら、そういうことありそう。


 とはいえ……。


 それが俺を誘っているかもっていう可能性と繋がるかというと微妙だなぁ。

 なにしろ向こうが持っているだろう俺の情報は、叡智の宝玉を求めているっていう情報だけだろうし。

 追加でなにかあったとしても銀等級冒険者とか『要塞』の話ぐらいじゃないかな?

 魔境にある魔物国家と戦うような国の女王が、銀等級冒険者をわざわざ誘きよせるかな?


 ただの偶然かなぁ?


 うだうだと悩んでいても結局は行くしかないんだけど。

 とりあえず、情報収集の依頼はいったん終了してもらい、ここまでの支払いを終えると商業ギルドを出た。

 こっちの冒険者ギルドでも同じ手続きをして、ザルム武装国への道を進んだ。


 小国家群はルフヘムを中央にして他の国があるような形なので、多くの場合はルフヘムを中継した方が近い。

 さらにザルム武装国はドワーフの国であるガンドウームとの位置関係が、ルフヘムを間に置いて真反対の位置にあるので、もうこうやって移動するのが一番面倒がない。

 安全面以外の理由であまり近寄りたくなかったので、人気のほとんどないルフヘムに入ったところで『制御』も外して超ダッシュで駆け抜けた。

 都市部以外はそこまで壊れていないのでザルム武装国へと続く道も、いまは無事なままだった。

 とはいえ管理する者がいなければいずれは草に呑まれて消えてしまうかもしれない。

 早いところどこかの国が手に入れて欲しいけれど、さすがに一夜で国がなくなるという正体不明の事件が不気味すぎて、どこも手を出すのを躊躇していると商業ギルドで聞いた。


 廃墟となったルフヘムの街にはあちこちに人の気配がある。

 そういえば、サマリナの所属している魔法使いギルドも調査団を出すとかなんとか言っていたか。

 そういう人たちだけではないだろうけれど、その正体を確かめる気もなく駆け抜ける。

 国境らしき砦のようなものが見えたのでその辺りで『制御』を戻して普通に歩く。


「入国の理由は?」

「鉱物の買い付けに」


 とだけ言っておいた。

 身分証代わりに商業ギルドの登録証を見せると、入国税を取られただけですんなりとは入れた。

 検問所から先は人の目が多かったのであまり急がずに進むことにする。

 街へと続く大きな道はあちこちにいくつも枝分かれしていた。

 分かれ道の度に街への看板はあったけれど、枝分かれした道への案内はなかった。

 ただ、ときおり鉱物らしきものを荷車で運ぶ人たちや馬車がその道から出てくるので鉱山に続く道であることは間違いなさそうだ。

 関係者以外立ち入り禁止だから、余計な情報を表示していないということなのかもしれない。

 なんとなくだけれど、魔境の中を進んでいるような奇妙な緊張感がある。


「あんまりきょろきょろしてると捕まるぜ」


 と声をかけられた。

 すぐそばを歩いていた鎧姿の青年だ。

 槍を肩にかけた姿は優男風だが強そうだ。


「この辺りは鉱山が多いからか、巡回の連中はいつも気が立ってるぜ」

「そうなんですか? なにを警戒してるんです?」

「盗賊やら魔物やら色々さ。後ろの人間の国だって安全とは言えないってな」


 優男が後ろを指差す。

 きっとルフヘムのことを言いたいのだろう。

 一つの国家の謎の消滅が影響しているのだとわかって俺は頷いた。

 頷くしかない。


「それにしても、あんたはなんだい? 冒険者にしろ商人にしろ荷物が少ないが?」

「商人かな? 鉱物の買い付けと武闘大会の見物に」

「へぇそうかい」


 どうやら一人旅らしい優男と話しながら、そのまま道を進むことにした。





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