66 クエストが踊れと言っている


『領地拡大クエスト。

 領地拡大のチャンスです。指定のアイテムを献上することで領地拡大の許可が下りますよ。

 必要な物。

 世界樹の若芽×1』


『工房拡張クエスト。

 魔導研究所を建造してクラフトの種類を増やしましょう。

 必要な物。

 叡智の宝玉×1

 妖精祝福の木材×10』


 また謎の木材がある。

 いや、ていうかどれも謎のアイテムばかりなんだけど。

 いやいやいや……でも、なんか……世界樹? 妖精?


「なんか誘われてる気がするなぁ」


 そう思いつつ、フェフたちの部屋をノック。

 おやつ休憩を餌に三人をキッチンに誘う。

 お茶を三人に淹れてもらいつつ、『ゲーム』からさっき作ったおやつを出す。

 ショートケーキ。

 ホールでドンじゃなくてカットしてあるものだけれど、断面から生クリームとスポンジケーキの層の中に混ざるフルーツも見えるからいいんじゃなかろうか?

 三人は甘さに震えながらショートケーキを満喫した。


「それで、聞きたいことがあるんだけど……」


 お茶を飲みながら余韻に浸っているところで、クエストのことを話して、三つのアイテムのことを尋ねてみる。


「世界樹の若芽と妖精祝福の木材はわかります」


 三人は顔を合わせてから、フェフが代表していった。


「どちらも……エルフの国ルフヘムで手に入る貴重品です。妖精祝福の木材はともかく、世界樹の若芽はそう簡単に手に入るものではありません」

「そっかぁ」

「叡智の宝玉もどこかで聞いたことがあるんだけど」

「どこだったかなぁ?」


 ウルズとスリサズが首を傾げている。

 聞いたことがあるってことはいつかどこかで出会える可能性はあるってことか。

 ……それにしても。


「これはあんまりよくない傾向かなぁ」


 ダンジョンに向かわせたときもそうだけど、『ゲーム』はなんらかの意図をもって俺を動かそうとしているような気がする。

 それこそ、正規ストーリーに導くためにクエストを配置するオープンワールドRPGのように。

 自由のようで自由ではない。

 そんな感覚がある。

 チートに気付いてからの俺に向かうべきゴールがあるのかどうかはわからないけれど、フェフたちが嫌がることに手を伸ばそうとしていることは事実だ。


 さっきも国のことを喋るときに躊躇があった。

 もしかしたら、あそこには『私の国』って言葉が入りそうになったんじゃないだろうか?

 忘れたくて忘れようとしていることに手を伸ばすべきじゃないと俺は思う。

 それなのに『ゲーム』はそこに行けと誘う。

 そこにいけば美味しいことがあるぞと誘惑する。

 なんだかそれは、フェアじゃない気がする。


「アキオーンさんはルフヘムに行きたいんですか?」

「え?」


 逆に聞かれて答えに困ってしまった。

 う~んと少し考えて、答えをひねり出す。


「『ゲーム』のクエストは、こうすれば美味しいことがあるよっていう誘いでしかない。強制じゃないんだ。だから、無視したってかまわない」

「行けばいいことがあるんですね」

「俺にとってはね」

「それなら、行きましょう」


 あまりにもあっさりとした発言に俺は目を瞬いて三人を見た。


「ナディがなんの厄介事を持ってきたのかは知りませんけれど、私たちだけなら絶対にお断りです。私たちはもう戻らない覚悟でここまで来たんです」


 フェフの言葉に二人も頷く。


「だけど、アキオーンさんのためなら話は別です。私たちはそれだけの恩がありますから」

「です!」

「いや、俺だって君たちが嫌がることはしたくないよ」


 俺がそう言うのだけどフェフたちはなぜだか引かない。

 あれ?

 これってあれか?

 俺が行きたいから仕方なくという体を装いたいだけか? 

 じっと黙って三人を観察する。

 なんだかそんな感じがする。


「行きたい?」


 逆に聞いてみた。

 三人は黙って視線を下に向けた。

 やがて、フェフがぽつりと語りだした。


「私たちが行くことで解決するというなら、それはきっと王権にかかわる問題となるはずです。もしそうなら、私たちはもう、ここには戻ってこれないかもしれません」


 フェフが寂しそうに笑う。

 ああ。

 それでも、やはり……。

 三人は自分たちの国に未練があるのだ。

 それはそうだろう。

 周りを見ても自分たち以外に同族のいない世界は、ひどく寂しいものだろうからね。


「でも、そこにアキオーンさんへの恩返しを含むことができるなら」

「私たちに迷う理由はありません」

「です」

「……君たちと交換するほど価値のあることじゃないよ」


 フェフたちとの生活は始まったばかりだったけど、楽しいのは間違いないんだ。

 それがなくなるかもしれないと思うのは寂しい。

『ゲーム』でできることが増えるかもしれないのは魅力的だけれど、この三人と引き換えにするほどのことじゃない。


「「「アキオーンさん」」」


 三人が泣きそうな顔で俺を呼ぶ。

 ナディが身を潜ませて三人の背中を複雑な顔で見つめていた。





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