117 予選


 男……たぶん司会の声が響く。

 大会の歴史だとか意義だとかザルム武装国万歳だとかの話の後で闘技場の進め方の話となった。


 武闘大会は三日間かけて行われる。

 今日は予選。

 明日からの二日が本戦。

 本戦はトーナメント方式で行われる。

 その本戦だけれど、シード扱いですでに本戦行きが決定している人物が二人いる。


 一人はもちろん前回優勝者の鋼の乙女。

 もう一人は、なんとバシフィールだった。

 なんと彼は金等級冒険者だというのだ。

 強そうとは思っていたけれど、まさか本当に強かったとは。


 で、予選の今日。

 いま、この闘技場には百人以上の人たちがいる。

 本戦に進めるのはこの百人以上の中から十四人。

 その十四人を決めるのに、これからバトルロイヤルが始まるということだ。


 ルールは簡単。

 転げたら負け。

 膝を着く程度ならいいけれど、背中や腹が地面に当たるような転倒で失格となる。

 後、脱落者を回収するために闘技場に大会の職員が入ってくるが、その彼らに手を出した場合も失格となる。


「では、女王陛下よりお言葉をいただき、試合の開始となります」


 司会の言葉で観客席が沸き、拍手と歓声が溢れ出す。

 貴賓席の奥にある玉座に座っていた女性が立ち上がり、前に出てくる。

 きれいな女性だった。

 女王らしい派手な衣装に王冠。

 前に王国の王様を見たけれど、公の場ではなかったからか、質はいいけれど王様らしい服装ではなかった。

 だけど、あそこにいる女性は完璧に女王だ。

 その女王が口を開く。


「我が国は武の国だ。強き者にはそれにふさわしき強さと名誉、あるいは富を授けよう。望むなら王位だって授けるぞ?」


 最後の言葉は冗談のつもりだったのか、わずかに笑いを含んで闘技場の空気を揺らし、観客席で明るい笑い声が跳ねた。


「今回の優勝者には特別な賞品を用意していることは皆も知っている通りだ。我が先祖が持っていた宝だが、永くその真価を露にはできていない。どうか、それを見出すことができる者が現れることを願う」


 叡智の宝玉のことだろう。

 ということは、やっぱりここの女王はオクの里からやって来た者の子孫なのか。


「だが、それはあくまでも余分な願いだ。皆はただ、この大会で誕生するだろう強者を見届け、言祝いでもらいたい。では、始めよ」

「始めぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 女王の言葉を継いで司会が叫ぶ。

 その瞬間、闘技場全体で気合の声が破裂した。

 周りで戦いが始まる。

 生き残り戦だから、周りがみんな敵だ。

 端っこにいてよかったぁと思っていたんだけど……。


「あれ?」


 なんか、周りにいた連中がほぼ全員、俺を向いた。


「まずはあいつを倒すぞ!」

「「「「おおっ!!」」」」

「ずっるぅ!」


 俺は慌てて盾を構えた。

 鎧以外に持ってきているのは大盾とメイス。

 大盾は合うのがなかったので『ゲーム』から買った。

 あと、メイスは前にも使ったことがある物。

 超重装戦士ってイメージで。

 それはともかく。

 ええと……とりあえず冷静になるために観客席の壁を背にしてっと。

 後は大盾でひたすら防御。


「うらっ! 倒れやがれ!」


 あ、この男たしか、クレムの具を零して子供に当たっていた奴だ。

 そっかぁ、こいつの仕掛けか?

 ちなみに、クレムっていうのは煮込んだ肉とか野菜とかを厚めのクレープみたいな生地で包んだ食べ物のことね。


「あんなところでクレム食べてる奴が悪い!」

「うるせぇ! くたばれ!」


 壁を背にしているので半包囲状態で好き放題に叩かれている。

 うん、重装にしててよかった。

 叩かれたり突かれたりでガンガンうるさいけど、痛くはない。

 でもこれ、どうしたもんかな?

 このまま耐えてたら、周りで勝手に崩れてくれないかな?

 こいつらも、いつまでも俺を叩いているわけにもいかないし、周りの奴らも味方ってわけじゃないだろうから、裏切るかもって疑心がストレスになるだろうし、他で戦っている連中に襲い掛かられるかもしれない。

 そういう意味では俺ってここで耐えているだけでどんどん敵がへってくれるかもしれないかも?

 よし、じゃあこのまま耐えようかな。


 って、思ったばっかりのタイミングで。


「たまねぎ負けるなぁ!!」


 背後でいきなりそんな声がした。


 たまねぎ?


 あれ?

 それってもしかして俺のことか?

 この格好で振り返って観客席を確かめるとかできないけど、もしかしてこの声ってさっきの男の子だったりする?


「たまねぎがんばれぇ!」


 男の子がすごい必死で応援してくれてる。


「そうだ、たまねぎ負けるなぁ!」

「そっから勝てぇ!」

「集団なんてずりぃぞ!」

「たーまねぎー! たーまねぎー!」


 なんかコールまでされだした!


 ええ……。


 そんな、期待されて、このまま時間稼ぎとかするのもみっともないような……。

 ああもう仕方ない。


『盾突+2』


 あ、『倍返し』をオフにしとくの忘れてた。

 結果、零距離打撃みたいな形になった盾の一撃を連中が食らうことになる。


「うわぁぁぁぁ!」


 結果、俺の前にいた連中がみんなふっとんだ。


 あーあ。

 みんなビターンと地面に落ちる。

 これって失格だよね。


「やったぁ! たまねぎーーーーーー!!」

「うおおお! すげぇぇぇぇぇ!!」

「いいぞーーーー!!」

「たーまねぎー! たーまねぎー!」


 男の子がすごく喜んで、歓声も沸いた。

 あまり目立たずこっそり本戦に行きたかったんだけどなぁ。




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