103 サマリナの血


 お婆さんは語る。

 この集落の名前はオクという。

 やって来たのははるか昔。

 まだ今の王国が小国ですらなかった頃。

 この辺りに最初に辿り着いたであろう開拓団の中に集落を開いた女性がいた。

 その開拓団の前にはさらに大きな開拓団があり、そこから枝分かれした一団だった。

 つまり、この辺りの土地に住む人々の祖先たちということになる。

 その中にいた女性は、多くのものが早い段階で根を下ろす土地を決める中で、魔境をより深く潜っていった。

 彼女は、今の時代で言えば冒険者のような立ち位置だったのだろう。開拓者たちを守り、魔境の魔物から人々を守る仕事をし、そしてそれを楽しんでいた。

 楽しいことが終わるのが嫌で、一人でどこまでも魔境を進んでいった。


 そうしていく内に、ついに他の開拓者たちのところに戻る術を失った。

 しかし彼女は些細なことだとさらにさらに潜っていき、いい加減に一人でいることに飽きてきた頃……。


 一人の男と出会った。


「そうしてその男と結ばれ、この集落ができたのじゃ」

「いや待って、その男はどこから現れたんですか?」


 魔境の奥地でいきなり男と出会う。

 いきなりのホラー展開にしか思えないんですけど?


「なにを無粋なことを、女の前に男がおった。なら、そこで何が起こるかなぞ決まり切っておるではないか」

「決まってる……のか?」


 良い話をしたと言わんばかりのお婆さんに、俺とイリアは顔を見合わせた。


「それで、私の祖先がこの集落の出身というのは? どうしてそう思われるんですか?」


 サマリナの質問にお婆さんは頷く。


「うむ。お前さん、呼ばれておると言っておったろう? それはわしらの血が強く出た証拠じゃよ。来なさい。なにに呼ばれておったか見せてやろう」


 お婆さんが昔話をしている間に食事は終わっていたので、大人しく案内される。

 辿り着いたのは村の中央にあった村長のものらしき大きな建物……の裏側。

 そこに……あからさまに神社っぽい建物があった。

 いや、神社だよね、鳥居もあったし。

 村長屋敷と背中合わせに作られたその神社に案内されて中に入ると、中にはさらに石の扉で封がされていた。

 その前にお供え物が並んでいたので、これは開けないものなのだろう。


「ここは?」


 とお婆さんに聞こうと振り返る途中でそれが見えた。

 サマリナが泣いていた。


「サマリナ様」

「え? ……これはなんだ?」


 サマリナ自身も自分の目からぼろぼろと涙が零れていることに驚いている。


「それは、お前さんの魂が帰ってきたことを喜んでいるんじゃよ」


 お婆さんがそんなことを言う。


「たまにおるんじゃよ。外に出た娘の子や孫が帰ってくることが。どうやらお前さんは魔物使いの才があるようじゃからな。帰ろうという思いがその才を刺激したのじゃろう」

「魔物使い?」

「その名の通り魔物を支配する才じゃ。まぁ、気の弱い者なら人でも操ることができることもあろう」


 それはすごい。

 そしてそれなら攫われ体質の説明にもなるんだけど……。

 でもそれなら『鑑定』が使える人ならわかっていたんじゃなかろうか?

 わかっていたけどどうにもならないから放っておいたとか?


 ちなみに俺は使ってなかった。

 理由は、たまに『鑑定』が使われたことに気付く人がいるから。

 黄金サクランボで能力を上げられるようになったとき、基準を知りたくていろんな人に使ってわかったことだ。

 俺が使ったと見抜かれたところまではいかなかったけど、もしかしたらそういうこともあるかもしれないとも考えられる。

 それからは騒動を避けるために人にはなるべく使わないようにしている。

 なんとなくの基準はわかったしね。


「そうか。私は戻りたくて……それなら、私はもうここから出ない方がいいのだろうか?」

「いいや、こうして祖先に挨拶したんだからもう問題はないよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものなのさ」

「なるほど」


 と、サマリナが頷いて黙り込む。

 不思議な話だなぁと思いつつ、まぁ、魔境に突然現れた男と、一人で魔境を突き進む女との子孫たちなのだから、そういう不思議なこともあるのかもしれないとは思えた。

 どっちもまともじゃないし。


「ちなみに、イリアはこういう話を聞いたことはある?」

「いいえ。その……『鋼の羽』はあまり魔境関係の依頼は受けていなかったので」


 春から秋は契約している商隊の護衛。冬はダンジョン探索というのが『鋼の羽』の基本的なルーティンだったそうだ。

 もちろん、あくまで基本なので違うことをしたときもあったそうだけれど、魔境に近づくような依頼はあまりしなかったという。


「すいません」

「いやいや、それを言ったら俺なんて何十年もほとんど王都周りにいたんだから」


 冒険者だからって魔境やダンジョンに近づかないといけないわけでもない。


「……それが一番信じられないんですけど」

「え?」

「アキオーンさんが王都からほとんど動かなかったって、それにこんなに強いのに有名じゃないなんて」

「まぁ、いろいろあるんだよ」


 ごまかしておきつつ、俺はさてと考える。

 これからどうしよう?

 帰って問題ないのかな?

 ていうか、帰れるのかな?

 ベルスタイン王国は領土が広いから、大雑把にでもそっちの方角……小国家群から少しずれる感じで魔境に入ったから、西に向かって進めば王国のどこかには辿り着くと思うけど。

 俺一人ならそれでいいんだけど、イリアとサマリナを連れてだとどうかな?

 食事関係は『ゲーム』をちょろっと出したからいいんだけど。

 問題はやっぱり魔物関係か。

 そんなことを考えつつ、今日一日はゆっくりと過ごさせてもらう。

 夜に体力を使い過ぎたせいで、すぐに眠ってしまった。


 そして、夕食時。


「すまないが、しばらくここに残りたいと思う」


 サマリナがそう言った。


「私にある魔物使いの才というものがどういったものか突き詰めてみたい」

「はぁ。それはかまいませんけど」

「もちろん、君をここに拘束しておくつもりはないが、できれば私たちがいる間だけでもここと王国の間で商売をしてほしいんだが」

「商売?」

「小国家群を相手に食糧を売っていたんだろう? 君の能力なら、ここに来ることはさほど難しくないように思えるんだが」

「それは……魔物は大丈夫かもしれないですけど」


 問題は魔物じゃなくて……。


「もう一度ここに辿り着けることができるかどうか」


 絶対に迷いそう。

 森歩きが得意なわけじゃないからねぇ。


「その点なら問題ない」


 そう言ったのは、一緒のテーブルにいたヒスだ。


「これをやる」


 そう言って渡されたのは小さな木彫りの鳥?

 背中に金具があって、そこに吊るすためのような紐が付けられている。


「これは社を示す道具だ。どこにいても鳥のくちばしはそちらを示す」


 コンパスみたいなものか。


「しかし、お前が商人か。立派な戦士だと思っていたんだが」

「あはははは……」


 どれだけ強くなっても、所詮は日雇い歴三十年以上のベテランへっぽこ冒険者だからねぇ。


「お前ならここに居ついて村の夫を名乗ってもいいと思うんだがな」

「そうじゃな。お前さんならその資格はありそうだ」


 お婆さんまで同意する。

 けど勘弁。

 村の夫って。

 範囲が広すぎる。


「いやいや、探し物があるから」

「探し物。なんじゃな?」

「いまは、叡智の宝玉というものを」

「叡智の宝玉? ああ、あれか」

「え?」


 知ってる!?



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