16 デイウォーカーの目覚め
††バン††
『だめだったのか』
久しぶりに会った馴染みにそんなことを言われる。
これほど屈辱的なことはない。
アキオーンの癖に。
一番に……いや、そもそも冒険者といっても日雇いの外にも出られなかった奴に。
『だめだったのか』
そんなことを言われる謂れはない!
上に向かって行くことがどれだけ大変かもしれないくせに。
ウィザーが足を失った戦いがどれだけの激戦かもしれないくせに。
その後、新しい仲間を得るためにどれだけ苦労したか。
ダンジョンに挑むことがどれだけ大変か。
強敵に挑むための武器や鎧がどれだけ高価か、そして維持費がどれだけか、ダンジョンの挑戦に失敗した時の損失がどれだけのものか。
一度失敗すると、それを取り戻すのがどれだけ大変か?
調子のいい売れっ子冒険者だったはずなのに、気が付けば借金まみれの負け癖付きとして誰にも相手されなくなる。
そうなってしまった冒険者が立ち直るなんて不可能だということを。
転がるように落ちていき、生きるためにどんな仕事でもやらなきゃならなくなることを。
そんなことも知らないくせに!
怒りは言葉にはならなかった。
その代わり、踏み込んで肩から心臓にかけて切り裂いた。
本当はそのまま斜めに切り分けてやろうと思っていたんだが、うまくいかなかった。
奴の着ている真新しい皮鎧のせいか?
最近、武器の手入れを怠っていたせいか?
どちらにしても面白くない結果だ。
ああ、まったく面白くない。
「待てよ。確かこいつ、最近ポーションを売って稼いでたって話だ。金袋はそれなりに膨らんでるはずだぜ」
「ちっ。だからか」
あんなきれいな皮鎧を着ているなんておかしいと思ってたんだ。
金が手に入って調子に乗ったんだ。
まだ、冒険者として上を目指すことを考えていたのか?
だから、こんな依頼を受けたのか?
最後の最期まで本気の馬鹿野郎だな。
まぁ、こいつが金持ちになっているなんて話を聞かされていたら腸が煮えくり返っていたかもしれない。
俺たちは全員失敗した。
それでいい。
その方がいい。
「ぎゃっ!」
「あん?」
付いてきたくそ野郎がいきなり叫ぶ。
どうでもいい奴だが、なにかドジでもしたか?
「どうし……た?」
振り返って、言葉が止まった。
くそ野郎の首にあいつの死体が絡みついている。
どういう状態だ。
死んでなかったか?
最後の足掻きをしているのか?
「おい、それぐらい自分でどうにかしろ!」
イライラしながら叫ぶのだが、くそ野郎はあいつの死体を抱えたままバタバタとしている。
いや、おかしいな。
くそ野郎があれだけ暴れているということは、あいつの死体を支えているのは誰だ?
どうやって立っている?
あいつの顔はくそ野郎の肩に置かれている。
「違う」
勘が鈍っているといまさらながらに理解する。
アキオーンは一人で立っている。
くそ野郎……名前が思い出せないのでくそ野郎のままだ。くそ野郎はもう動くことを止めている。
だらりと全身の力が抜けている。
アキオーンの顔はくそ野郎の首に張り付いたまま。
ズルリと、崩れた。
くそ野郎の体が。
まるで突然に泥人形にでもなってしまったかのようにボロボロに崩れていく。
ときおり、崩れるものの中に糸のように長いものが見える。たしか、血が流れる管だ。
くそ野郎の体と着ているものが地面で山になる中、アキオーンはそこに立って、こちらを見た。
「……よう、落伍者」
赤く濡れた唇をにやりと引き延ばしてアキオーンが笑った。
口から長い牙が零れ出ている。
「お前……」
「あ? 落伍者って言葉知らないか? まぁ剣ばっか振ってた馬鹿には難しい言葉だよな。ごめんな馬鹿にこんな難しい言葉使って。落伍者ってのはな。他人を踏みつけて上がっていったくせにな、勝手に転げて落ちてって糞塗れになった奴のことを言うんだよ。つまりはお前だな」
「っ!!」
「お? 怒ったか? まさか一番見下していた奴にこんなこと言われるとは思ってなかったか? はははは、バーカバーカ」
「てめぇ!」
なにがどうなっているのかわからない。
思いつく存在はいるが、そいつが日の当たる時間にいることが理解できない。
それなら違う。
せいぜい、低級なアンデッドになっただけだろう。
腐りかけの脳が出した妄言に振り回されるなと思いながら、前に踏み出した足を止められない。
アキオーン如きが俺を見下すなんて、たとえアンデッドになっていたとしても許せない!
その首跳ね飛ばしてやる!
「おっと」
「なっ⁉」
まさか⁉
薙ぎ払った剣を掴まれた。いや、摘ままれた。
しかも進行方向側からでなく、刃の反対側から。
非常識のさらに上を行った?
くそっ。
ここまではっきりとしていて無視するわけにはいかない。
剣を捨てて、跳び離れる。
「アキオーン、お前……吸血鬼になったのか?」
「はっ!」
ニヤニヤ笑いのまま、俺の顔を見ている。
「さあな」
「なに?」
「考えてみろよ。吸血鬼がこんな昼日中に歩いているか? 違うんじゃねぇの?」
「…………」
それは確かにおかしい。
だが、あのクソ野郎の血を吸ったのもそうだし、俺が切りつけた傷がなくなっている。
それならやはり、あいつは吸血鬼だ。
少なくとも、それと同等の力を持っている。
剣は奪われた。
予備の武器もあるが、それで勝てるとも思えない。
逃げるしかない。
そう決めると、アキオーンに背を向けて走り出す。
瞬脚。
それがバンの持っているスキルだ。
爆発的な速度で一定の距離を移動する。
瞬時に間合いを詰める際に使えるスキルで、アキオーンを切った時にも使った。
魔力を流しっぱなしにすればその速度を同じ時間だけ使っていられる。
このまま距離を稼いで……。
「なんだよ? 逃げるのか?」
「っ!」
走っている横にアキオーンがいた。
「足手まといで役立たずのグズを相手に逃げるのか?」
足を止めるのも読まれて、隣に立たれたままだ。
「まさかまさか、あのバン様がそんなことをするはずないよな?」
「……許してくれ」
「は?」
「俺は、ここで死ぬわけにはいかない」
「そうか?」
「聞いてくれ! 俺に……子供がいるんだ。娘だ」
「はぁ?」
「覚えてるか? イリシャだ。娼館の下働きだった」
「ああ……いたかもな」
「あいつとの子だ。いまはまだ孤児院にいるが、このままだと昔の俺たちと同じ生活だ。あいつを助けてやらなくちゃならない。だから!」
「それで?」
「ぐっ……」
「それで、助けろと?」
「……頼む」
「なぁ、バン様よ? お前……死んでいい人間だけ殺してきたって胸を張って言えるか? 死んでも誰も悲しまない人間だけ殺してきたって?」
「頼む!」
「そんな人間が五百万Lもの賞金が付くわけないよな?」
「頼む!」
「……そいつの名前は?」
「…………」
「その子の名前だよ」
「……ティナだ」
「そうか。偶然にでも会ったら、俺がよろしくしておいてやるよ」
そう言って牙を見せて笑う。
あの牙を娘に使う気だ。
冒険者の座から落ちて裏社会の組織に騙されてクソだまりのような関係の中でもがいていても、それでも生きているのは、存在を知った娘のためだ。
家族に捨てられた俺が、家族を捨てるわけにはいかない。
たとえ会うことはできなくとも、裏から助けることぐらいはできるはずだと王都に戻って来た。
王都に戻るために、竜の卵の仕事を引き受けたんだ。
それなのに!
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
隠しておいた小剣を引き抜いて迫る。
だが、瞬脚の速度は簡単に超越されて、腕を掴まれ、その握力で握り潰された。
反対の腕も同じように握り潰され、そして奴の牙が首に……。
「おっと。首がなくなるのは困るな」
その呟きが最期に聞こえた。
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